「お兄様、着きましたか?」

「ああ。」


アッシュフォード学園。

大侯爵ルーベン・アッシュフォードが作ったその巨大な学園はエリア11にある。

エリア11に移り住んだブリタニア人の殆どが通うその学園は、広大な敷地と様々な施設に恵まれた学び舎だ。

今はどうやら授業中らしく、学園は静寂に包まれている。


「お兄様、よろしかったのですか?」

「何がだい?ナナリー。」

「スザクさん、きっと今・・・」

「・・・ああ。俺に撒かれるなんて、まだまだだな。」


騎士としては未熟。

ジェレミアのように気配りもできない。

物心ついたときから仕えてくれていた彼と比べるほうが間違いなのかもしれないが。

しかし彼も未熟であると同時に、自分も主として未熟なのだ。

能力はあっても、人との触れ合いをどうしても倦厭してしまう。

これから騎士を、臣下を、軍を。

率いていく身として勉強することは山ほどある。

ともあれ、折角新しい地に足を踏み入れたのだから色々なものを見て回りたいと思う好奇心は人の性。

どうせいずれは政庁に缶詰となるのだから見たいものはあらかじめ見ておきたい。

それに総督としての就任式を終えてしまえばルルーシュの顔はエリア中に知れ渡る。

『アリエスの惨劇』の当事者というのもあって、ルルーシュとナナリーがメディアに顔を出すことは無かった。

おかげで礼服を脱ぎ捨て、一般臣民の服を着れば誰もルルーシュとナナリーが皇族だということは分からない。

テロも続いているエリアで自由に動き回るには、身分を知られてない今のほうが都合がよかったのだ。


「またジェレミアの説教かな、あいつは。」


ははっとルルーシュが笑う。

その笑い声を遮るように耳に届いたのはエンジン音。

前方からバイクが迫ってくる。

学園内でバイク?

ルルーシュは首を傾げて、それでもバイクの土埃にナナリーが晒されない様にナナリーの前に歩み出る。

バイクに跨った男は前方にいるルルーシュに気がついたらしくバイクを止めてゴーグルを押し上げた。


「見ない顔だけど・・・転校生?」

「あ、ああ・・・まぁ。ちょっと見学に・・・。」


そっか、と彼は笑った。

皇族だとはバレなかったらしい。

下手に騒ぎになれば自由な時間は一気に潰れてしまうから。

目的は果たしたい。


「ミレイ・アッシュフォードに会いたいんだが。」


目の前の男は目を瞬かせた。

知らないのか、とも考えたがそれはありえない。

彼女はこの学園の生徒会長だと聞いた。


「ミレイ会長?」

「そう。会えないか?彼女とは『友人』なんだ。」

「え、ああ・・・俺生徒会役員だから案内するよ。」

「悪い、助かる。」

「俺はリヴァル。リヴァル・カルデモンド。」

「ルルーシュ・・・ルルーシュ・ランペルージだ。」


咄嗟に違うファミリーネームが出てきてくれてよかった。

息を吐きながらナナリーを見る。

ナナリーは弾かれたように肩を震わせ、「ナナリー・ランペルージです」と微笑んだ。














「なっ・・・ななななななッ!!!!!!」



生徒会が使用しているクラブハウスに彼女の姿はあった。

金色の髪を肩口で少し巻いたミレイは、ルルーシュとナナリーを見て思わず叫んでしまう。

口元を押さえて、ルルーシュを指差した。

「でんっ・・・」

「久しぶり。覚えてるか?『ルルーシュ・ランペルージ』だ。」


殿下、と呼びそうになる彼女の声を遮る。

ランペルージという言葉を強調してやれば、ミレイは視線を泳がせながら作り笑いを浮かべた。


「ひっ久しぶり!どうしたの、急に!?」

「本国から出てきたんだ。だから久しぶりに会っておこうと思ってな。」

「お久しぶりです、ミレイさん。」


ナナリーの差し出した手を取ってミレイは深呼吸をした。

びっくりさせてごめんなさい、と苦笑したナナリーの髪を梳きながら居住まいを正したミレイは、優雅に足を組んで座っているルルーシュを見つめる。

相変わらず色が白くて、男の癖にと罵りたくなるほど美人。

出された紅茶を飲む姿すら絵になっている。


「あのー・・・会長とルルーシュはどういう関係なわけ?」


ミレイがぎょっとしてリヴァルを見た。

ルルーシュの正体を知っているミレイと、知らないリヴァル。

知らないとはいえ、皇位継承権を持つ皇族を呼び捨て。

眩暈を覚えながらミレイは口ごもる。


「関係・・・幼馴染に入るのかしら。」

「そうだな。」

「リヴァル、お茶菓子とってきてちょうだい。」


えー!?と声を上げたリヴァルを半ば無理やり追い出して、ドアを背に深呼吸。

まったく心臓に悪い。

思わず目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。


「なんだ、俺に会えてそんなに嬉しいのか。」


何でこう自信家で傲慢なのか。

普通の男だったらまず嫌いなタイプ。

しかし何故か憎めないのだ。

それは彼が皇族だからではなく、それが包み隠さない彼本来の性格で、そのどんな相手にも臆さない毅然とした態度が『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』という一人の人間を構成しているからだ。


「あーあ。」

「何だ?」

「何でもありません。」


妙に損した気分になって声と共に息を吐き出せば、ルルーシュは眉間に皺を寄せた。

そのルルーシュを無視してミレイはナナリーの足元に片膝をつく。

自分からしてみればまだ少し小さな、繊細な手を取ればナナリーの肩は少し震えて、それから穏やかに微笑んだ。


「本当にお久しぶりです、ナナリー殿下。」

「いつものように呼んでくださいな。」


ナナちゃん、とミレイは破顔した。

それからすぐお茶菓子を携えたリヴァルが帰ってきたため、またスイッチを切り替えるように笑顔を作る。

ただの幼馴染でなければいけないのだから。

なんともやりにくいが、それがルルーシュの望みならば応えなければならない。

さて、どう接すればいいものか。

思案するミレイの邪魔をしたのはバタバタという足音だった。

何事か、とミレイとリヴァル、ナナリーが周囲を見回す。

その音に覚えがあるルルーシュは、それでも知らぬ存ぜぬといった風にティーカップを口元に運んだ。

バン!と耳を劈くような音がして、大きな木製のドアが開かれた。


「殿下!!」

「うるさいぞ、枢木。泣くか怒るかどちらかにしろ。」


まずい、ジェレミアに似てきた。

そんなことを考えながら紅茶に口をつける。

しかし今度は全く別の声が響いた。


「殿下ぁ!!?」


それは少し疑問を含んでいて。

皇族とは知らず呼び捨て、タメ口。

不敬罪に問われてしまうのではないかと顔を蒼白にしたリヴァルだ。


「安心しろ。身分を明かさなかったのだから知らなくても仕方が無い。罪にはならないさ。」

「でも・・・」

「何だ、不満か?」

「いえ!とんでもございません!」


ルルーシュは先ほどリヴァルが持ってきたクッキーを一枚手に取り、口に含んだ。

口内に広がる香りに目を細めながら、同時に懐かしさを感じる。


「変わらないな、このクッキーの味は。」

「変えていないもの。殿下、好きでしょう?」


母がこの世を去る前。

大公爵の孫娘としてルルーシュの住むアリエスの離宮に通っていたミレイはよくルルーシュやナナリーのためにクッキーを焼いた。

歪で色も悪く、甘味より苦味のほうが強い。

最初はそんな散々だったクッキーも次第に変化し、ミレイの修行の末ルルーシュの舌を唸らせてからは変化を止めて安定した。

緑に溢れた庭での茶会。

幸せに満ち溢れていた日々。

それが崩れることになろうとは思ってもみなかった。


「あれ以来・・・ミレイにも苦労をかけたな。」

「いいわ、あなたにかけられる苦労ならいくらでも。」


スザクとリヴァルは首を傾げる。

なんだこの只ならぬ雰囲気は。

それにルルーシュも首を傾げて、ナナリーのくすくすと笑う声が聞こえる。


「お兄様、お二人はきっとお兄様とミレイさんの関係が気になっているんです。」

「ん?ああ・・・そういうことか。」


ルルーシュが小さくミレイを呼んだ。

ミレイはアッシュフォード学園の制服を纏ったまま。

しかしまるでドレスでも着ているのかと思わせるほど優雅な立ち振る舞いで礼をする。

グロスで薄く彩られた口元が弧を描いた。


「大公爵ルーベン・アッシュフォードが孫娘、ミレイ・アッシュフォード。第十一皇子ルルーシュ殿下の婚約者でございます。」


言動、挙動からリヴァルがミレイに思いを寄せていることをルルーシュは悟っていた。

案の定、崩れ落ちたのはリヴァルだ。

ミレイは楽しげにステップを踏みながらスザクにに近づく。


「はじめまして、ルルーシュ殿下の騎士の・・・枢木スザク君?」

「あ、お初にお目にかかりま・・・」


ずいっと身を乗り出してきたミレイにスザクは一歩後ずさる。

それでも寄せられたミレイの口はスザクの耳の横に。

ミレイが何か囁いて、それからすぐスザクは顔を真っ赤に染めて逃げ出した。


ルルーシュが眉を顰めてミレイを問い詰めれば、ミレイはなんでもないわと微笑んだ。






『殿下を愛しちゃってるの、顔に出てるわよ。』







殿下の婚約者はミレイさんがいい派です。
ミレイさんカッコいいよミレイさん。
あ、改めて言っておきますが、これはスザルルです。