「情けない。」

「申し訳ありません。」


ジェレミアに説教をされているスザクを視界の隅に捉えながら、ルルーシュは大きな欠伸をした。

漆黒に、銀の装飾が鮮やかに刻まれた衣装。

遠征先のエリアでの任命式ならば話は別なのだが、ブリタニア本国での任命式は皇帝や異母兄弟、そして有力な貴族が参加するそれなりに大きな儀式だ。

ルルーシュ付の侍女達が少しでも主を美しく見せようと躍起になって着飾る。

ルルーシュはさほど興味も無いようで、睡魔故に目を閉じていた。


「自覚を持たれよ!貴様の恥は主であるルルーシュ殿下の恥!」

「イエス、マイロード!」

「・・・静かにしろ。」


やれやれ、とルルーシュは眉間に皺を寄せた。

ジェレミアは失礼いたしました!と慌てて部屋を出る。

やがて着付けを終えた侍女たちも退室して、室内にはルルーシュとスザクの二人のみ。

椅子に腰掛けて優雅に足を組んだルルーシュは横に立ち尽くしたスザクに視線を送った。

必ず一定の距離を置き、必要以上には近づかない。

どうもおかしい。

主と騎士という関係ゆえか、それとも身分の違いに慄いているのか。


「おい、枢木。」

「はい。」


すっと手を差し伸べる。

スザクは驚いて、少し震えたようだった。

その手を取ろうと努力するスザクの手が、ルルーシュの手に触れるか触れないかのところで震えていた。

ため息を吐いてその手を戻したルルーシュは横目でスザクを見る。


「ブリタニア人が嫌いか。」

「・・・は?」

「それともブリタニア帝国そのものが嫌いか。皇族を恨むか。無理もない、お前の祖国は我らが奪った。」


侵略して名を奪い、蔑んだ。

本来軍人として、騎士として遣えるはずのない人間。


「お前は日本最後の首相枢木ゲンブの長子だと聞き及んでいる。望むのは『内』からの崩壊か?」

「違います。」

「お前は何を望みとして我が騎士候補に願い出た?」

「・・・っ・・・」

「構わん、言え。今だけは不敬罪も何もかも目を瞑ってやる。」


命令だ、と続ければスザクは唇を噛み締めた。


「望むのは世界の革命です。」

「・・・革命?」

「崩壊ではなく、革命です。やり返すだけでは新たなる悲しみを呼ぶだけ。私は世界を優しいものに変えてくださる方について、それをお助けしたいと・・・」

「なるほど、俺を革命家として仕立て上げるつもりか。」

「そんなつもりではっ・・・!」

「まぁいい。」


主を怒らせたのではないかとスザクはうろたえていたが、それをルルーシュは気に留めることも無く。

デスクの上の冷めてしまった紅茶を口に含んだ。

淹れ直すと息巻いたスザクにいらないと手を振って立ち上がる。

口元は笑んでいた。

ああ、なんと面白いのだろう。

ふふっと笑いを漏らすとスザクは首を傾げた。


「殿下・・・?」

「いや、大きな理想を掲げた我が騎士に見合う主にならなければな・・・と思っただけだよ。」

「そんなっ滅相も・・・!」

「枢木、お前にやってもらいたいことがある。」




ルルーシュの口元に浮かんだ笑みが不敵なものに変わった事。



スザクは気づくことができなかった。






















姿を現した人物に、ざわめいていた会場は一気に静まり返った。

赤い絨毯の上を歩きながらルルーシュはただ前だけを見つめる。

第五皇妃マリアンヌが長子、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

マリアンヌは庶民の出でありながら戦場で武勲を立て、終には皇帝に見初められて皇妃となった。

その出自上に疎まれ、そのせいかどうかは分からないが殺害された。

そのマリアンヌの血を見事に受け継いだルルーシュは頭脳明晰で、ブリタニア人には珍しい艶やかな黒髪と鮮やかな紫の瞳は見る者を魅了する。

ただその冴え渡る頭脳故に、母と妹故に。

いつかは皇帝に仇名すのではないかという不安を抱く者もいた。

異端児のような彼はブリタニア皇室の中で最も『浮いた』存在だったのだ。

壇上に上がったルルーシュは、足元で跪くスザクを見下ろす。

ひれ伏しているためか表情は伺えず、癖の強い髪だけが見える。

傍に控えていたジェレミアから細身の剣を受けとって、その切っ先をスザクに向けた。



「枢木スザク、汝、ここに騎士の制約を立て、ブリタニアの騎士として戦うことを願うか。」

「イエス、ユアハイネス。」

「汝、我欲にして大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか。」

「イエス、ユアハイネス。」

「我、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認める。勇気、誠実、謙譲、忠誠、礼節、献身を具備し、日々、己とその信念に忠実であれ。」


剣を持ち替えて、柄をスザクに向けた。

スザクは黙ってそれを受け取る。


その後ルルーシュは小さく『Antenora』と呟いた。


それは本当に小さな呟きで、任命式を見つめる者達にも聞こえない。

ただ一人、その呟きを聞いたスザクは、目を閉じたまま立ち、踵を返して。

鞘に収めかけていた剣の切っ先を掲げた。

会場がざわめく。

にやり、とルルーシュは笑った。


「私はこの枢木スザクを騎士とし、世界を変える!」


唐突の出来事にスザクは思わず閉じていた目を開いた。

ああ、終わりだ。

そう思ってしまったのは、自分の構えた剣の切っ先の方向。

そこに神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアがいたから。


「父上・・・いや、皇帝陛下。お覚悟を。」


自信を含んだルルーシュの声。


「いいだろう。這い上がってみせろ・・・我が息子ルルーシュよ。」








『任命の儀が終わったら俺は『Antenora』と言う。お前は立ち上がり後方上方45度方向に剣の先を向けろ。』

『殿下?』

『目は瞑っておいたほうがいい。泣きたくないならな。』





殿下、言いつけを破って目を開けてごめんなさい。

・・・泣きそうです。







前回の更新から2か月くらいあいてしまいました。
でもうっかり最後をどうするかすら決めていないので、また停滞するかもです←最低
『Antenora』は神曲の地獄篇第九圏『裏切り者の地獄』第二の円から。
祖国に対する裏切者的なもので、これから地道に反逆していきますよーって意思表示です(笑)