普段から目覚めはいい方だ。
毎朝決まった時間に目が覚めて、思考が鈍くなる事も無く、すぐさまカーテンを開けて朝の光を取り入れることで完璧な覚醒を促す。
天気がよければそのまま窓を開けて特有の清々しい空気を肺一杯に吸い込むのだが、その日スザクはそんないつもの穏やかな朝をゆっくり過ごす気になどなれなかった。
じっとりとした汗が寝巻き代わりのスウェットを湿らせ、肌に纏わりつく感触がなんとも気持ち悪い。
心臓がどくどくと脈打って、まるで焦燥を煽っているかのようだ。
此処で、こんな事をしている場合ではない。
理由は分からないが唐突にスザクはそう思った。
『此処』とは単純に、自宅の事だろうか。
『こんな事』とは単純に、ベッドの上でわけの分からない衝撃に呆然としている事だろうか。
それともそれらのどちらでもないのだろうか。
分からない。感情の意味が理解できない。
ただ、此処にいてはいけないという衝動だけが胸の内にあって、スザクはベッドから飛び降りた。
気だるさを残す身体はかいた汗で不快極まりなかったがシャワーを浴びている時間は無いと感じた。
急がなくては。・・・どうして?
自問自答を繰り返しながら手早く身支度を整える。
ジーンズを穿き適当に手に取ったTシャツを着、パーカーを羽織る。
季節は12月を迎えたばかりとはいえ冬本番といった風に気温は低い。
しかしこれからどの程度の距離かは分からないが全速力で走るのだ、運動後の体温上昇を考えれば格好としては丁度いいだろう。
自室を出て、廊下ですれ違った母親の不思議そうな問いかけに適当に応え、食卓につき仏頂面で新聞を広げていた父を尻目にスザクは玄関でスニーカーを履いて家を飛び出した。
曇天から深々と雪が降っている。
汗で濡れていた身体は一瞬にして冷え、ふるりと身を震わせた。
どっちだ、どっちにいけばいい?
己に問いかけると、あちらだ、と根拠の無い返答がくる。
身体が完全に冷え切る前にスザクは心が告げる方向へと走り出した。
スザクが住んでいるのは閑静な住宅街で、少し歩けば大きな商店街がある。
街は気の早いことにクリスマスムードで、今年も熾烈なクリスマス商戦が展開されるのだろうなと思いながらスザクは走った。
まだ朝だというのに人通りは多い。
腕を組んで歩く若いカップルもいる。
人が多くなってくると流石に本気で走るわけにはいかず速度を緩める。
熱った身体を冷たい空気が撫でた。しかし耐えられないほどではない。
体力には自信があったが流石に長く走っていたためか呼吸も少し乱れている。
吐き出した息が靄のように目の前に広がったその向こうで。何かを見た。
ドクンと心臓が脈打っている。気付けと、叫んでいる。
そしてスザクは見つけた。人ごみの中、ただ一人を。
彼を。
慌てて走り出そうとスザクは一歩踏み出したのだが、何の嫌がらせなのか目の前には自然と人だかりができていて、折角見つけた彼を包み隠してしまった。
人ごみを掻き分け、不快そうに顔を歪める通行人に謝りながらスザクは進む。
やっとの思いで混雑から抜け出すと、そこは公園だった。
彼は、公園のベンチの前で街路樹を見上げていた。
街路樹に何かあるのだろうかとスザクも見上げたが、特に目に留まるようなものはなかった。
冬らしく葉の落ちた、どこか寂しげな木だった。
黒い細身のコートを纏い、深い紫のマフラーに寒そうに顔を埋めた彼。
寒さのせいなのか元来のものなのか分からない白い肌。はっきりとした色の紫の瞳。
誰なのだろう。分からない。
初対面のはずなのに感じるこの既視感は何なのだろう。
何故だか涙が浮かびそうになるのを堪えて、スザクは一歩一歩着実に彼へと歩みを進めていく。
気付いていないのか気にしていないのか、そのどちらなのかは分からないがスザクが近づいても彼はただじっと街路樹を見つめていたのだが、彼の目の前まで来てスザクが歩みを止めると、まるで待っていたかのように彼はスザクに向き直って、ふっと目元を緩めた。
「汗臭い」
途端、満たされる。
そうだ。この声だ。この声が聞きたかった。
紡がれた言葉はあんまりな内容だったけれど、ぶっきらぼうに言い放たれた声の質もはにかんだ様な顔も何もかもが自分が心底求めていたものだと理解できた。
身体の奥底でじんわりと蝋燭の火が灯ったような、そんな暖かさが心地いい。
「ごめん」
「走ってきたのか?」
「それもあるけど・・・そもそも寝汗が酷かったかもしれない」
「シャワーくらい浴びてから家を飛び出してこい」
「そんなことできないよ」
そう、できるわけがないのだ。
本能的に彼の存在を感じた。感じたならば、できるわけがない。
堰を切って溢れ出した感情が止まらない。愛しい。
「一分一秒も惜しかった。会いたかったんだ、ずっと。君に。」
「お前、俺が誰だか分かるのか?」
「分からないよ。けど、分かる。」
「大層な矛盾だな」
「そうだね、僕もそう思う」
彼は苦笑しながらコートのポケットに突っ込んでいた手を出し、黒革の手袋を取った。
汗臭いと文句を言っていたにもかかわらず、特に何の抵抗も無くスザクの手を取り、己の手で包み込む。
仄かに暖かい肌の感触に目を細め、スザクは彼を見た。
彼は静かに涙を流していて、嗚呼綺麗だなと思った。
「俺も会いたかったよ、スザク」
ずっと会いたかったというスザクの言葉への賛同。
ああ、なんと愛しいのだろう。
「見つけてくれて、ありがとう」
ありがとうと告げた声に、笑顔に、涙に。心を揺さぶられて、そして思い出す。
そうだ、彼は。
忘れていた大切な事に、思わずスザクは涙を零した。
そうだ。今日は、彼の。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
悲しい別れを経て、また出会えた。
「『ルルーシュ』、君が好きだ」
あれ、そういえば12/5ってルルーシュの誕生日じゃね?ということに12/3くらいに気づいて実質30分で書いたので短いです。
そんで書き上げたことへの達成感でどや顔してたんですが改めて読み返してみたらこれそんなルル誕っぽくなくね?どっちかっていうとスザ誕でこのネタやったほうがよくね?・・・と思いましたorz
っていうかむしろゼロレク小説にしたほうがよくね・・・?
ゼロレク後生まれ変わったスザクと・・・ルルーシュは生まれ変わったのかコード持ってるのかは決めてません。生まれ変わった方がいいかな。
・・・久しぶりにこんな甘めなの書きました…