カツン、と音がした。
その音は最初なんの音なのか分からなくて、やがてゆっくりと音のしたほうに視線を向ける。
転がるペン。
ああ、落したものはこれか。
ふぅっと息を吐いた。
「ルルーシュ?」
その声に、面白いくらい身体が跳ねた。
気遣うような声。
その主はかつての自分が騎士とした女性。
赤い髪を豪快に跳ねさせた彼女の青い瞳に射抜かれて、ルルーシュは押し黙った。
「具合でも悪いの?」
「いや・・・」
声を発してみて気付く。
仮面をつけていない。
目の前の女性は髪を跳ねさせ、額にバンダナを当て、黒い団服に身を包んでいるというのに。
自らも黒のマントを羽織っているのに。
でも仮面をつけていない。
変声機を通した無機質な声でもなければ、言葉を発したときに漏れた息で顔が熱気に晒されることもない。
ペンを握り締めていたらしい手には手袋がしっかりと嵌められている。
紛れもない、ゼロの衣装なのに。
何故仮面をつけていないのか。
そうだ、この場には彼女しかいないんだ。
そう安堵の息を漏らすと、それにまた違う声が割り込む。
「おうどうした親友!寝不足かぁ!?」
「そりゃあどこでも寝れる君と違ってゼロはいかにもデリケートそうだからね。」
玉城ががははと笑って、朝比奈が冷ややかな視線を送る。
何だこれは、と。
ルルーシュが目を剥いて、改めて自分の顔に触れる。
人間の肌の感触と、ぬくもり。
やはり仮面は無い。
「どうした、まさか寝ぼけているのではないだろうな。」
皮肉めいた笑みを浮かべたのは星刻。
一先ずなんでもないと答えて、ルルーシュは周囲を見渡した。
朱禁城。
その中の、自室。
仮面は遠く離れた小さめのワードローブの上に置かれ、立ち上がって歩かないと仮面に触れることも出来ない。
ベッドの上にはただチーズ君の抱き枕が置かれているだけ。
呆然としていると、今度は自室のドアが開く。
入ってきたのは扇とヴィレッタだ。
「扇さん、惚気るつもりなら出ていってよ。」
「酷い言い草だな。折角ヴィレッタからいい情報を貰ったっていうのに。」
「え、なになに?」
「ゼロ・・・ルルーシュは相当運動が苦手らしくて。」
ヴィレッタはアッシュフォード学園の体育教師だった。
しかし扇の言葉に、それを聞いた者達は顔を見合わせて。
「あー、やっぱり。」
それぞれ言葉は違ったが、皆そんなニュアンスの言葉を発する。
「いかにも駄目そうだもんねー。」
「なっ・・・違う・・・間違っているぞ!」
思わずルルーシュは叫んだ。
運動が苦手なわけではない。
運動が苦手、というのは己のプライドを激しく傷つける。
「俺は運動が苦手なんじゃなくて!その・・・少しばかり・・・」
「体力が無いんでしょ?」
「まぁもやしみたいに細いしね。」
残念なものを見るような視線が集まる。
ざまぁみろ、と不遜な笑みを浮かべたのはヴィレッタだ。
覚えていろと心の中で毒つく。
そっと、手を取られた。
微笑んでいたのは天子と神楽耶。
「でも無理をなさらないでください。ご自分のお身体は替えがきかないのですから。」
「ありがとう・・・ございます。」
「まぁ余所余所しい!何とか言ってくださいな天子様。」
「でもれいぎただしいのはいいとおもうの!」
「『親しきなかにも礼儀あり』という言葉があるからな。」
「流石です藤堂さん・・・!」
厳格な表情の藤堂と、目を輝かせる千葉。
黒の騎士団。
かつて創り上げた、『駒』。
やっとルルーシュは理解した。
これは夢なのだと。
それならば目を覚まさなければいけない。
夢に浸り、囚われてはいけない。
自然と涙が零れた。
心配そうな視線が集まる。
「ありがとう。」
「ルルーシュ?」
「ありがとう。私はお前たちの事を『駒』と思っていたが・・・それは決して・・・『捨て駒』ではなかったよ。だから、ありがとう・・・そして・・・すまなかった。」
すっと目を閉じた。
「・・・シュ・・・ルルーシュ?」
「ス・・・ザ・・・」
「どうしたの。涙でてる。」
スザクの手が、ルルーシュの頬に伸びる。
それをやんわりと払ってルルーシュは笑った。
「なんでもない。ただ・・・全てが・・・」
夢であればよかったのに
ただ、そう思っただけだ。
大切な仲間を失ったことも、大切な人を死なせたことも、ゼロになったことも。
皇族として、生まれたことも。
ギャグネタの神様が降りてきません(涙)