「ゼロ、私・・・お兄様にお会いしたんです。」



神聖ブリタニア帝国100代皇帝を務めるまだ年若い少女が微笑んだ。

ゼロは羽ペンを動かしていた手を止めて、ゆっくりと顔を上げる。


「そうか。」


変声機を通した、無機質な声。

ただ一言漏らしただけのゼロは再び手元の書類に視線を戻す。


「しかし君の兄は、私が殺したのではなかったかな。」

「ええ。私の兄はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだけですから。」


少女は笑う。

憎しみの色はない。


「もしかしたら夢だったのかも。でも、手を握っていただいたんです。」


温かかった。

兄と同じアメジストの瞳を嬉しそうに細めながら。

その握ってもらったらしい手を、もう片方の手で慈しむように撫でる。


「スザクさん。」

「君の言うスザク、というのはナイトオブゼロのことか?私と彼はイコールではない。私はゼロ。」

「じゃあゼロ。私は悪逆皇帝を否定しました。卑怯、卑劣、悪魔・・・そう罵りました。」

「そうか。」


ゼロはただ淡々と相槌を打つだけ。


「でも真実を知ってしまった。悪逆皇帝とその騎士が何故世界を闇に落としたのか。だからもう、彼らを恨みません。」

「そうか。」

「虫が良すぎる、と言われても仕方ありませんが。世界中がまだお兄様を恨んでいても、私はお兄様を愛しているし、誇りに思っています。」


そうか。

またそうゼロが言葉を返すと、ナナリーは小さく礼をしてゼロの執務室を後にした。

ゼロが羽ペンを置く。

深く息をついて、仮面を外した。

鼻までを覆うマスクをずり下げると新鮮な空気が頬を撫でて、『ゼロ』は窓の外に視線を向けた。

今日も空は青い。

鳥が羽ばたく。



「君の妹は強いね。僕とは大違いだ。」

「だろう?自慢の妹だ。」

「そうだ・・・ってええええええ!!?」



ガタンと大きな音を立ててスザクは椅子から落ちた。

尻餅をついて痛みに涙を浮かべながら、声のした方向に視線を送る。

白いソファーに、黒のコントラスト。

彼は優雅に足を組んで微笑んでいた。


「ル、ルルルルル・・・」

「今はL.L.と名乗っている。」

「える・・・つー・・・?C.C.の真似事かい?」

「真似事とは失礼な。」


L.L.は心外だ、とでも言うかのようにため息をつく。


「そもそも・・・君は・・・僕が殺し・・・」

「そうだったんだけどな。」


いきなりL.L.は纏っていた服を脱ぎだす。

勿論スザクはぎょっとした。

徐々に全貌が明らかになっていくL.L.の白い肌に生唾を飲み込み、食い入るようにその様子を見つめる。

上半身だけ服を脱ぎ去ったL.L.はスザクに背を向けた。

大きな、痣。

それは丁度肩甲骨の辺りにあって、まるで羽が生えているような形だった。

コード。

C.C.の額と、シャルルの手のひらにあったものと同じ。


「それは・・・まさか君は・・・」

「俺は今不老不死だ。」

「C.C.の?」

「いや・・・これは。」


少し考えるようなそぶりを見せたルルーシュは重苦しく口を開く。


「父、の・・・コードだ。」


父と呼ぶのに抵抗があったのか、ルルーシュは口ごもる。

L.L.の言い分はこうだった。

死して、ルルーシュが次に意識というものを確立した場所はCの世界だった。

ギアスに関った者はまずそこに送られるらしい。

そこで待っていたのは父親であるシャルルだった。

彼が目配せをして、その先に母親であるマリアンヌがいることにも気付いた。

マリアンヌは微笑みながらルルーシュを抱きしめた。

・・・もとい、羽交い絞めの逆バージョンでルルーシュを拘束したのだ。

無抵抗のまま背中を父親に晒し、焦った時には既に時遅し。


「で、無理矢理コードを継承させられて生き返ってしまった・・・と?」

「まぁ大体そんなところだ。」


脱ぎ捨てた服を掴んで着出したL.L.は、呆然としているスザクにため息をつく。


「お前と同じく、生きることが罰になってしまったよ。」


ルルーシュの役目は死ぬことだった。

そしてスザクの役目は生きること。

しかしルルーシュはコードを継いでしまい、永遠を生きる身体になってしまった。


「俺がもう一度死ぬためには、ギアス能力者を生み出し、育てなければならない。能力者はもうこの世には必要ないから、俺はコードを棄てることができない。」


それは避けなければならない。

もう人の明日を狂わす力は存在してはいけないから。


「俺はC.C..と共に、永遠という拷問の中で生き続ける。それが俺に新たに与えられた罰だ。」


悪いな、とL.L.は謝った。

その理由の分からない謝罪に首を傾げればL.L.は困ったように笑う。


「一応お前はゼロなんだからな、人の思考くらい読み取れるようになれよ。」

「そんなこと出来るのは君だけだ。」


スザクがソファーに腰掛けたL.L.に歩み寄る。

手を差し出せば、握り返される手が。



そのぬくもりがちゃんと『生きている』という事実を伝えてきて、涙が出た。








今、風の中











「度々すいません、ゼロ。この書類・・・ゼロ?」


ナナリーが再びゼロの執務室に訪れた時。

彼は窓から外を眺めていた。


「・・・ナナリー。」

「はい。」

「君の、兄は・・・何か言っていたか?」


ナナリーは少し目を見開いた後、またその目を優しく細める。


「『強くなったな』って。私、お兄様にそう言ってもらえるように頑張ってきましたから。とても嬉しかったです。」

「そうか。」



永遠という旅に出た親友に、「君は今幸せか?」と聞くのを忘れた。



次に会えるその日まで、心の中にしまっておこうと笑った。








ルルーシュ生存ルート第一弾、コード継承編。
もしコードをついで生きてしまったら、ルルーシュは死という罰を逃れたことを詫びるのではないかと。
でもスザクはきっと、生きていてくれてありがとうと言ってくれます←管理人の妄想の中では



2008/09/29 UP
2011/04/06 加筆修正