国を守るために人を殺さなければいけないのだと、小さい頃から言い聞かされた。

その為の訓練も受けた。

殺していくごとに心が死んでいくのか、ある時を過ぎたあたりから人を殺すことに何の感情も湧かなくなった。



ただ、彼に。



嗚呼、やっと殺しに来てくれたのか・・・と彼に微笑まれた時。



彼を殺したくないと、心が叫んだ。







生きとし、死せるもの









世界の4分の1を占める大帝国ブリタニア。

100人を超えるその皇族の中で、極稀に異能を持って生まれる者がいるらしい。

現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアもその一人。

勿論、それは噂でしかない。

ただ、出た杭は打たなければならない。

火の無いところに煙は立たないのだから。

当たり前のようにそう言い聞かされ、任務として受けた。

しかし、スザクが命じられたのは皇帝の殺害ではなかった。

皇帝の実子、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

どうやら彼も異能を宿して生を受けたらしい。

その皇子の殺害という任務を受けて、スザクは祖国を旅立った。

綿密に計画を練り、その計画通りいとも容易く彼の住む離宮へと侵入を果たす。

驚くほど警備は少なかった。

有難いことではあるが、何処か違和感を覚えながら標的を探す。

外壁を伝い、バルコニーからバルコニーへと飛び移り。

見たところ寝室らしいところに、彼はいた。

薄い天蓋の向こう側、ベッドに横たわる黒髪の男性。

情報によると年は同じらしい。

暗がりで表情は伺えないが、眠っているのか彼は微動だにしない。

静かに窓を開けて侵入する。

天蓋がさらりと揺れた。


「誰だ」


とても静かな声がした。

身を強張らせ、下手に大声を上げられる前に距離を詰めて彼の喉元に刀の切っ先を当てる。

月明かりに照らされた肌は青白かった。


「俺を、殺しに来たのか」


彼はまた静かに言った。

喉元の刃を少しでも動かせば、彼は鮮血を撒き散らせて絶命するだろう。

それで任務は終了だ。

それなのに。

スザクはそうする事ができなかった。

脈打つ心臓を落ち着かせようと深呼吸を繰り返しながら、スザクが彼を見る。

元来整っていたのであろう顔立ちは痩せこけ、月明かりも助けてかなり顔色が悪く見える。

色の悪い唇と、目元を覆った黒い布が印象的だ。

何故視界を覆っているのだろう。

そう問うのもおかしな話だし、問うたところで彼が正直に答えるわけもない。

どうすることもできずスザクが息を詰めていると、彼は唐突に表情を緩めた。

涼しげな口元が笑みを模る。


「ああ・・・やっと、殺しに来てくれたのか。」

「・・・ッ」

「何処の国の誰かは知らんが・・・礼を言う。」


スザクは思わず身を引いた。

あまりにも彼が綺麗に微笑むから。

そして何より、殺される事を喜んでいるから。

今まで殺してきた多くの人間は皆、殺さないでくれと泣き喚いた。

それなのに彼は殺される事を望む。

あまりの衝撃に頭の中が真っ白になった。


「君、は・・・死にたいのか」


スザクは気付けばそう口に出していた。

何故殺す相手にこんな質問を。

自分自身で驚き、そして彼も驚いていた。

しかし彼はまたすぐ表情を緩める。


「それを聞いてどうする。お前は俺を殺すために来たのだろう。」

「そう・・・だけど・・・」

「では何を躊躇う事がある。俺は抵抗しない。さっさと終わらせてくれ。」


彼はくっと顎を上に上げてみせた。

喉元を掻っ切れと、そう言いたいのだろう。

痩せて、その白い皮膚の内側の血管ですら鮮明に浮き上がっているその首に、スザクはどうしても刃を立てる事ができなかった。

それで呆れたように息を吐いた彼は顔を背けてしまった。


「殺す気がないならさっさと出て行ってくれないか。」

「何でそんなに死にたいの?」

「・・・生きていても、仕方ないだろう。」

「・・・え?」

「手は鎖で繋がれ、足は潰され、食事は点滴で直接流し込まれ、排泄は管理され、普段は口を効くことも事も許されず・・・それでも俺に、まだ尊厳が残っているとでも?」


拘束さえ取れれば手を動かすことが出来る。

車椅子を使えば移動することも出来る。

食事も自分で取れるし、排泄だって同じだ。

勿論声を出すことも。

出来る事を、全て奪われて。

出来るのに、与えられることしかできない。

そう苦しげに彼は呻く。

そしてまるで嗚咽を堪えるかのようにひねり出された次の言葉は実に悲痛なものだった。


「意思を殺され、ただ誰かの思うままに管理されるだけのこの命にまだ価値があると、俺は思えない。」


だから早く、お願いだから・・・と。

そう言う彼から、スザクはまた一歩距離を置いた。

刀を鞘に納め、深呼吸をする。

もう決めた。

彼は殺さない、と。


「おい」

「君は生きたくないの?」

「・・・生きたかったさ。普通に生まれ、普通の生活をして。優しい世界で、自由に生きたかった。ただ・・・」

「ただ?」

「お前も、俺に『異能』があると聞きつけたから殺しに来たんだろう。俺はこの力がある限り自由にはなれない。」


鎖に繋がれ力無くシーツの上に乗せられていた手が、シーツを握りこんで無数の皺を作る。


「俺の『瞳』は、奪う『瞳』だ。命であったり自由であったり・・・そういったモノを全て奪う。この『瞳』で人を殺せと命令された・・・拒否したら大切な妹を奪われた。人を殺したくないからと逃げたら今度は脚を潰された。目を潰してしまおうとしたら自由を奪われた。俺自身からも、それ以外のモノも何もかも奪う。」

目元の黒い布に、じわりと染みが広がった。

涙。

それを見た途端もう一度スザクは刀を抜き、彼の手首で鈍く光る鎖に切っ先を押しあてた。


「おい、何をッ・・・!」

「動かないで」


下が柔らかいベッドだった為に少し苦労したが、音を立てて鎖は千切れた。

自由になった手を少し動かして見せながら、彼は茫然とした様子で息をのんだ。


「逃げるよ」

「な、に・・・言って・・・俺は逃げることなんて・・・」

「僕が君を逃がす」

「何故ッ・・・会ったばかりのお前にそんな事!」

「君のおかげで、思い出したから。」


昔は、彼のように『人を殺したくない』と嘆いていたこと。

殺せと命じられ、嫌だと泣き喚いて、命令に従わなければ殴られて。

それで仕方なく人を殺して、その日は脳裏に蘇る光景と罪悪感で一人震えていたことを。

そんなことすら忘れていたのだ。


「だから君にお礼がしたい。」

「意味が分からない!何を勝手にッ・・・!」

「君は僕が殺すはずの人間だ。だから君をどうしようと僕の勝手だ。」


どの道ここで人生を終えるはずだったのだから、と言いながらスザクは彼の体にかかっているブランケットを捲り上げる。

痩せた身体。

両足は包帯で包まれていて力無い。

抱き上げた身体は度肝を抜くような軽さだった。

自由を得た手が、抵抗しようと胸板を押し返してくる。

弱弱しくも、ちゃんと意志を持った力だ。


「僕は君を殺さない。誰かを殺せなんて命令もしない。」


ひゅっと彼が息をのむ音が聞こえる。


「とりあえず生きてみればいい。それでも死にたかったら僕が殺す。」

「馬鹿なッ・・・お前は俺を殺すのが役目なんだろう!それをしなかったらお前が・・・!」

「だから僕も逃げる。君と一緒に逃げて、生きてみる。」


死んだ心を、生き返らせてみよう。

そう考えれるようになっただけ、心が生き返ったような気がして。

そんな自分にやはり驚きながら、腕の中で震える存在を強く抱きしめた。



一度やってみたかった暗殺者スザクさん。
そして死にたがり(?)な囚われの(?)皇子ルルース。
かなーりどうでもいい設定でした。
今から宣言しておくと、「これはねーよwww」とか「つまんねーよww」とか言われたとしても続き書きます。



2009/11/24 UP
2011/04/06 加筆修正