「ルルーシュッ!!!」


ルルーシュに向けられた銃弾を蜃気楼が盾となって守り、そのまま彼は空へと消えた。

銃を構えていた団員たちが慌しく動き出す。

ナイトメアで追撃するつもりなのだろう。

カレンはその場に立ち尽くした。



『カレン、君は生きろ。』



彼の最後の言葉が脳内で繰り返される。

もし、『最高の駒だった』という言葉が偽りだったなら。

自分が巻き込まれることを恐れて吐いた優しい嘘だったなら。

また私は彼に騙されるのか。

騙されて、彼を裏切るのか。

一年前の神根島の出来事が蘇る。

あの時自分が裏切らなければ。

そういう後悔が今でもある。

あそこで裏切らなければ、ルルーシュは捕まる事は無く。

皇帝に記憶を書き換えられることも無く、彼の妹だって彼の傍にいられたかもしれない。

政庁で彼の妹と再会したときに、その後悔は深くなった。

もう後悔なんてしたくない。

生きる理由だったナナリーはいない。

彼の『共犯者』として彼の傍にいたC.C.も意味は多少異なるがいない。

シャーリーも。

そして何より親友だったスザクも。

彼は今孤独だ。

私が彼のことを守ってあげなくては。

そういう決意が生まれた瞬間カレンの世界は暗転した。




















両手が天井から縛り上げられていて、動くたびにギシギシと音がする。

両足は幸い自由だが、身体の支えであるその足はイマイチ自由に使うことができない。

せっかくブリタニアから逃れてきたというのに。

まさか騎士団でも拘束されるとは思わなかった。

手刀を喰らったらしい首筋が痛む。

そして何より目の前で申し訳なさそうに佇む男に無償に腹が立った。


「どういうつもりですか、扇さん。」

「すまない、カレン。お前はきっとギアスにかかっているんだ。もうお前を奴に利用させたくはない。」

「私の意志は私のものよ!ギアスなんて関係ない!」


ギッと睨み付ければ扇は少したじろいだ。

こんな時、兄がいてくれたら。

兄はどうしただろうか。

涙が零れる。


「・・・私ね、一年前彼を裏切ってしまったの。」


扇は何も言わない。


「皆はゼロが日本を見捨てたって言ったけど、本当は私が最初に彼を見捨てたの。」


騙されていたことが悲しかった。

だからもう彼は信じられないと、絶望の中で逃げ出したのだ。

今思い返せば、何故『騙された』と思ったのかすら分からない。

『ゼロ』は元々正体を隠していた存在。

その正体がルルーシュで、何故騙されたと思うのか。

彼が元皇族だということは知らなかったのに。

ただきっと悲しかっただけなのだ。


「私もう・・・アイツを裏切りたくなんてない。」


ルルーシュはずっと一人で闘ってきたのだ。

テロリストなど、褒められるような存在ではないから。

理解してもらえるような存在ではないから、ずっと一人で、全て抱え込んで。

全ての罪を被ってでも願った世界を創ろうとした。


「扇さん、お願い・・・」


新たに零れだした涙に、扇がカレンに歩み寄った。

その瞬間ギッと鋭い眼光を光らせて、カレンが懇親の力をこめて扇の『急所』に蹴りを入れる。

声にならない声を上げてその場に蹲った扇を見てカレンは鼻で笑った。


「やっぱり涙って女の武器よね。」

「カ・・・レン・・・お前っ・・・!

「扇さん、私もあなたを『騙した』わ。あなたの優しさを『利用した』の。ゼロのように私も捨てなさい!」


騎士団が駄目でも自分がいるではないか。

記憶が無いC.C.だって傍にいることくらいはできる。

彼は、ルルーシュはまだ独りではない。


「さぁ、早くしなさっ・・・」

「我が君は何処におられるのだ。」


割って入ったのは第三者の声。

左目半分に仮面のような機具をを付けた長身の男は周囲をぐるりと見渡して、やがてここにもいない・・・と悲しげな声を出した。

見覚えのあるその男にカレンは記憶をあさって、蘇ったその名前を叫ぶように口にする。


「オレンジ!!?」


ジェレミアは「オレンジ・・・ふっ、殿下から頂いた忠義の証・・・」などと笑いながら踵を返す。

それを止めたのは扇だった。


「お前っ・・・お前も操られてるんだろう!ゼロのギアスに!」


ピクリ、と身体を揺らして。

振り向いたジェレミアは微笑んでいた。


「操られる?この、私が?」


馬鹿馬鹿しい、と鼻で笑ったジェレミアにカレンは目を見開いた。


「ブリタニアの貴族が寝返ったなんて・・・操られているに決まって・・・」

「私の主は皇妃であらせられた『閃光のマリアンヌ』様。その長子であるルルーシュ様に仕えるのは当たり前のこと。」


閃光のマリアンヌ。

アッシュフォード学園にあった第三世代KMFガニメデの搭乗者であり、庶民の出でありながら騎士候の爵位を賜り皇妃となった女性。

その息子であるルルーシュに仕える、ということは。


「アンタ、ルルーシュの味方!!?」

「味方?おかしなことを言う、娘。味方などではない。私はルルーシュ様とナナリー様の幸せを」

「そんなことはどうでもいい!ルルーシュのことが大切なのね!?」

「愚問だ。」

「じゃあ私を助けなさい!ルルーシュが裏切り者として黒の騎士団に殺されそうになってるのよ!」

彼を助けに行かなきゃいけないの!


そう叫んだカレンの腕を拘束したロープは一瞬にして切り裂かれていた。

ヒクリと口元を震わせたジェレミアは剣に変形させていた腕を元に戻し、カレンを小脇に抱えて走り出した。

慌てた扇が何か叫んで、やがて騎士団による追尾が増えていく。


「娘、殿下はどこに。」

「蜃気楼と一緒に逃げたみたいだけどそれにも追撃が」

「貴様が裏切ったときは、貴様の最期だと思え。」

「裏切らないわよ!もう、絶対に!」


駆け抜けるジェレミアのスピードに翻弄されながら、ジェレミアにゼロの私室に寄ってくれと頼んだ。

大きな音を立てて開かれたドアに驚いたC.C.は小さく悲鳴を上げてその場にしゃがみ込む。

問答無用でジェレミアがカレンとは反対の小脇にC.C.を抱え込んで、ゼロの私室を飛び出す。

何か悪いことをしたのだろうと、只管に謝るC.C.を宥めながら格納庫に戻った。

格納庫の天井から青空が覗いている。

清々しいまでの綺麗な水色。

それを眺める暇も無く、やがてジェレミアを取り囲むように団員が銃を構えていた。

大勢の人間に囲まれて、C.C.が震え上がる。

カレンは唇を噛み締めて、やがて声を張り上げた。


「皆目を覚ましてよ!今まで私たちの事を導いてくれたゼロより、ブリタニアのその胡散臭い皇子の言うことを信じるの!?」


シュナイゼルは上のデッキで微笑みながら傍観していた。

腹が立つ。

扇の隣にいたヴィレッタがジェレミアに向かって叫んだ。


「ジェレミア卿!目を覚ましてください!貴方は誇り高き純血派の・・・」

「誇り・・・純血派の誇りとはなんだ?」


まるで嘲笑うかのように。

しかしどこか楽しそうにジェレミアは見上げた。


「主に仕えることこそ我が誇り。血など如何程の価値も無い。」

「やはりギアスに・・・」

「貴殿らは何か思い違いをしているようだ。私はギアスに操られることは無い。」


ルルーシュの持つ絶対遵守のギアスは一人につき一度。

『オレンジ事件』の際にジェレミアは既に一度ギアスをかけられている。

二度かかることは無い。

それを聞いて団員たちは息を呑んだ。

シュナイゼルの口からは告げられていなかった事だからだ。


「何より・・・私もギアス能力者。試しに貴殿らに披露してみせよう。」


言い終わるのが早いか、閉ざされていたジェレミアの左目がカシャンと音を立てて開く。

青く発光した、ギアスとは逆の紋章。

光はその場を満たし、人を通り抜けていく。

また音を立ててジェレミアの左目が閉じられた。

団員たちは己の目に見えた変化が無いことに不安を募らせる。


「私の能力はギアスキャンセラー。貴殿らに何らかのギアスがかかっているのならば、これで解けたはず。」


それには団員のみならずシュナイゼルも驚きに目を見張った。


ギアスキャンセラー。


かけられたギアスを解除する能力。

何も変化が無いということは、ギアスにかかっていないということ。

周囲に動揺が生まれ、カレンはざまぁみろと心中で毒吐く。

そのカレンの手に、そっと触れるものがあった。

そこに視線を送ったカレンは、触れるか触れないかのところで彷徨っているC.C.の手を見た。

びくりと震えたC.C.はごめんなさい、と謝る。

調子が狂うと思いながらも笑顔を浮かべれば、C.C.はおずおずと口を開いた。


「あのっ・・・私は・・・ご主人様は・・・」

「アンタの『ご主人様』、今孤独なの。」

「こ・・・どく・・・」

「一人ぼっちで寂しい思いしてるかも。」


金色の瞳が揺れた。

以前は意志の強かったその瞳が不安げに潤む。


「一人は・・・かなしい・・・です。」

「そうね。」


ルルーシュが記憶を失ったと言っていた彼女は、随分人間味が出来たと不謹慎ながらカレンは思う。

高圧的で、傲慢で。

自分勝手な『ピザ女』はもういない。

少し寂しいと思ってしまうのは、きっとそんな態度も彼女らしさだったから。


「オレ・・・じゃなかった。ジェレミア?C.C.を連れていって。紅蓮じゃ二人は乗れないから。」


神経接続ゆえにコックピットにゆとりのあるサザーランドジークならばC.C.をコックピットに入れることが出来る。

この頼りないC.C.ならば、コックピットに入れてやらなければ風圧で吹き飛んでしまいそうだ。

ジェレミアは再びC.C.を小脇に抱えた。

自分たちはギアスにかかっていなかった。

そんなショックで動けないでいる扇たちに、カレンは嘲笑った。


「ゼロを裏切った貴方たちにもう協力する気はないわ。さようなら。」

「カレン!」

「私たちの後は追わないほうが身の為ですよ、扇さん?」


2機のKMFが格納庫にあいた穴から飛び去る。

太陽は既に傾き始めていた。






















緑に覆われた小さな島。

海が見渡せる、夕日に染まった丘の上。

ルルーシュは膝を抱え、その膝に顔を埋めていた。

まずは彼を無事見つけられたことに安堵の息を吐いて、


「ルルーシュ。」


彼の身体が大きく震えた。

のろのろと顔を上げたルルーシュはまるで信じられないものを見るように声の主を見る。

口がぱくぱくと動いて、やがて紡がれた声は本当に小さなものだった。

どうして。

そのただ一言。

まるで呆れたようにため息を吐いたカレンは、腰に手を当てて上半身を少し乗り出す。

すぅっと息を吸って、声と共に一気に吐き出す。


「この馬鹿ッ!」


目を見開いたルルーシュは何も言わない。


「アンタは私を庇わなくたっていいの!私はアンタを庇うためにいるんだから。」

「カレ・・・」

「ご主人様っ!」


声と共に奔り寄ってきたのはC.C.だ。

目に涙を浮かべながらルルーシュの隣にしゃがみ込んだC.C.は服のポケットを漁って取り出したものを胸の前で大事そうに持つ。

絆創膏。

まだ手当てしたいという気持ちは消えていないのだろう。

服を脱ぐのを待っているらしい彼女を宥めるようにライトグリーンの髪を撫でた。


「殿下・・・そちらは・・・」


ジェレミアが控えめに声をかけて。

その視線の先にはまるで墓標代わりのような木が立てられている。


「・・・ロロが、死んでしまったよ。」


偽りの弟。

愛しいナナリーの代わりに傍に居座り、シャーリーを殺した。

憎かったはずなのに。


「使い捨ててやるって・・・酷い事ばかり考えていたのに。ロロは俺のことを・・・」


ルルーシュが再び膝に顔を埋めた。

少し肩が震えているから、もしかしたら泣いているのかもしれない。

C.C.がおろおろと慌てる。

慰めようとして手を触れかけて、それを躊躇う・・・を繰り返す。

しかしそのC.C.の手は唐突に動き、ルルーシュの髪をグチャグチャにかき回した。


「ごめっ・・・ごめんなさい、ご主人様!手が勝手に・・・!」


何故手が勝手に動くのかといえばカレンがC.C.の両手を自分のもののように操っているせいなのだが。

驚いて顔を上げたルルーシュの視線の先で、カレンは豪快に笑う。


「いい弟をもって幸せじゃない。」

「そう・・・だな・・・」


墓標にかけられた、ハート型のストラップ。

血の繋がらない『兄』との唯一の絆。

それが夕日を受けてきらりと光った。


「終わらせましょう・・・一緒に、全て。」

「カレン?」

「早くちゃんとした供養してあげなきゃ、ロロが可哀想じゃない。」


本当に、いいのか。

ルルーシュは小さく呟いた。

王の力は孤独を齎す。

かつてのC.C.は契約の際ルルーシュにそう告げた。

その言葉通り、ルルーシュは失うものが多かった。

一緒にいてくれようとした女性は皆死んでしまった。

だからこそ、傷つけると分かっていても嘘を吐いて、突き放したというのに。


「私、これからは戦闘指揮以外のあなたの命令、聞く気無いから。」

「カレン・・・」

「だから、ついてくるなって言われてもついていく。何処までも。」

「わっ・・・わたしも・・・」

「我が忠義の心は我が君のために。」










どこまでも、どこまでも!





あなたと共に、世界を変える!











カレンには豪快でいてほしい(笑)
随分ダラダラと長く書いた割には内容が薄いですw
誰か私に文才を・・・!