「お久しぶりです、カレンさん。」
目の前で微笑んだのは、力になると誓った彼の、最愛の妹だ。
天使が悪魔に堕ちた日
一年前。
学園で会った時と、彼女の様子は少し変わっていた。
服装は勿論のことだ。
彼女の前に行政特区日本を宣言した皇女を思わせる、似たデザインのピンクのドレスを纏っている。
しかし少し痩せたのではないだろうか。
顔色が悪く見えるのは今いる牢が薄暗いせいかもしれない。
彼女が現れたことに驚いて早鐘を打つ心臓を煩わしい。
「久しぶりね、ナナちゃん。今はナナリー皇女殿下かしら?」
なるべく平静を装う。
ナナリーは微笑を崩すことはない。
「何の用?できれば貴女の顔なんて見たくなかったんだけど。」
「私が、特区日本を宣言したからですか?」
「違うわ。」
彼女が特区日本を作ろうとどうしようと、もう関係ない。
自分たちは『日本』という大地を離れたのだから。
「ただ、貴女が許せないだけ。」
これ以上ない程の愛情を向けられて。
しかしその愛情を捨てて、今総督という椅子に座っている。
「許せない・・・だけ。」
ああ、やばい。
涙が出てきた。
しかし今それを拭える手はない。
拘束されているのだから、手が自由にならないのは当たり前。
もうどうでもよくなって、溢れた涙をそのまま地に落とした。
「ローマイヤーさん。カレンさんと二人きりにしてください。」
「なりません。」
ローマイヤーは即答した。
しかしナナリーは一歩も引く気がないらしく、少し唇をかみ締めた後毅然とした態度でのたまった。
「これは命令です。」
「貴女はッ・・・もう少し自覚を持っていただかないと困ります!」
「下がりなさい。」
そのまだ幼さの残る容姿に似合わず。
強く言い放ったナナリーを睨んで、ローマイヤーはその場を離れた。
ウィー・・・ン。
ナナリーの車椅子が動く音がする。
目前まで迫ったナナリーはどこか困ったような顔をして。
手を伸ばしてカレンの頬に触れる。
「泣いて・・・いるのですね?」
「泣いて・・・るわよ。悪い?」
泣いていないと意地を張るのは諦めた。
もう頬を伝ってしまった涙がナナリーの指先を濡らしているのだから。
せめてもの抵抗に憎まれ口を叩く。
苦笑したナナリーに、カレンは少し迷った後、胸のうちを告げた。
「貴女にとって、『ルルーシュ』って何?」
ナナリーの小さい身体が震えた。
「お兄様は・・・私の『心』です。」
「ここ・・・ろ?」
「お兄様は私の心。私の心臓。生きる意味。死にたくない理由。私の世界。」
「ナナ・・・」
「お兄様がいるから今の私がある。お兄様がいるから今私は意志を持って生きている。お兄様がいなければ・・・きっと私はただの壊れた人形です。」
そこまで言うならば何故。
そんな事ばかり思ってしまう。
ルルーシュはナナリーの為に世界を変えようとしている。
弱者が虐げられる世界が嫌で、牙をむいた敵は大きすぎた。
それでも彼は諦めず、最愛の妹に手を払いのけられても。
例え理解してもらえなくても、影から支えられればいいと。
もしかしたらナナリーもそうなのかもしれない、とカレンは思った。
お互いを大切にしているからこそ、正しい道か間違った道かは気にせずに一歩を踏み出した。
「一つ、忠告してあげる。」
ナナリーが首を傾げた。
「枢木スザクには気を許さないほうがいいわ。」
「どうして・・・そんなことを。スザクさんは私を守ってくださって・・・」
「あいつが、貴女の世界を奪った張本人だとしても?」
ナナリーの身体が震え上がる。
「イレブンであるはずの彼がラウンズにまで上り詰められたのは何故だと思う?」
残酷な言葉を、吐こうとしている。
きっとルルーシュはこんなことを望まないだろうけれど。
「枢木スザクはルルーシュをブリタニア皇帝に突き出してラウンズになったのよ。」
縛り付けて。
押さえつけて。
黒の髪を鷲掴みにして、地に顔をこすりつけらせて。
「い・・・や・・・」
「ブリタニア皇帝は特殊な力を使ってルルーシュの中から『ナナリー』を消し去ったらしいわ。今ルルーシュには弟がいる。偽りのね。」
『愛してる!』
いつか、スザクがルルーシュを見つけたと電話で話したとき。
確かに代わった声の主はルルーシュで。
しかし暫くは何も言わず、それから切羽詰った声で「愛してる」と、悲鳴のような声を上げて。
それから彼は他人のような口調になった。
パズルのピースが、一つずつはめられていく。
「私は今ルルーシュの元にいるわ。それがどういうことか・・・分かるわね?」
ナナリーの閉じられた瞼の隙間から溢れ出した涙が、ナナリーの膝を濡らす。
「貴女に何かして欲しいとか、そんなんじゃないの。そもそもこの事を勝手に伝えたってバレたら私、怒られてしまうから。ただ『ゼロ』が闇雲に、意味もなく争いを招いてるんじゃないって事だけ分かってて。」
ルルーシュはナナリーにだけは正体を明かさなかった。
太平洋奇襲作戦のとき。
ゼロの正体を明かしていればナナリーは手を取ったかもしれないな、とC.C.は自嘲気味に呟いていた。
優しい世界を作る。
そのために手を汚した姿を見られたくなかったのかもしれない。
ナナリーのため。
その免罪符を持ちながら、一番罪に苦しんでいるのは彼なのだから。
「お兄様の・・・声が、したんです。」
スザクがランスロットを駆って助けに来たとき。
ナナリー。
そう呼ばれた気がした。
「私がお兄様を・・・誰より私のことを考えてくださったお兄様を、否定してしまったんですね・・・。」
涙を手の甲で拭って。
静かに深呼吸してからナナリーはカレンに頭を下げた。
「お兄様を・・・お願いします。」
もう一度攫って欲しいと、全くそう思わないといえば嘘になる。
しかし一度払ってしまった手を、もう一度望むわけにはいかない。
自分ひとりのわがままで、愛する兄が作り上げた組織を危険にさらすことなど出来ない。
「今私にお兄様の手を取る資格はありません。いつか優しい世界が実現したら・・・その時は。」
「ルルーシュは私が守るわ。捕まっているこの身で言っても説得力ないけどね。」
その言葉が嬉しくて、兄の元に行けないのが悲しくて。
涙は暫く止まらなかった。
「カレンに・・・会ったの?」
「ええ、お元気そうで何よりでした。」
微笑みは絶やさない。
兄がしたのと同じように、『仮面』を被る。
「スザクさん、私は『優しい世界』を作ってみせます。」
「そうだね。頑張ろう?」
「・・・貴方の力は借りずに。」
「え?」
「いいえ、何でもありません。」
魔女になってみせます。
別の道を歩みながらも、『魔王』を支える魔女に。
魔王に刃を向ける騎士に刃を向ける存在に。
私の書くナナリーにしては白く仕上がったと思います。
序盤だけ(笑)