「いやっ・・・来ないで!!」
狭い空間。
ガラスのようなもので囲われた独房は破格の待遇。
纏ったドレスにしてもそうだ。
それは恐らくテロリストであると同時に名門貴族の娘であるから。
しかしその独房も、優しい色合いのドレスも。
全てが逃げるという行為の邪魔をする。
スザクの表情は凍っている。
なんて冷たい目なんだ、と呑気に感じている場合ではないのだが。
手に持ったダークブラウンの箱に入っているのは麻薬。
リフレインという名の通り幸せだった過去に戻った気分に浸れるらしいその薬は、今も自らの尚本当の母を苦しめているものだ。
それを使って、ゼロの正体を吐かせる。
狭い独房の中、迫ってくるスザクの手を逃れながら叫ぶ。
「アンタどうかしてるわよ!」
「シャーリーの、死の真相を明るみにするためなら安いものだろう?カレン・シュタットフェルト。」
「その名で呼ぶな!私は日本人の紅月カレンだ!」
ドンッと背中に何かがぶつかる。
壁。
透明で、向こう側が透けて見えているのに。
その固い壁を越えることはできない。
ジリジリとスザクが距離をつめてくる。
逃げられない。
リフレインを打つための器具が迫る。
(・・・ルルーシュ!)
心の中で、助けに来てくれると言っていた彼を呼んだ。
(・・・あれ?)
いつまで経っても身体に何かが触れる様子はない。
それどころか目前まで近づいていたはずのスザクの気配が遠のいていく。
恐る恐る目を開けて、この場に第三者が介入していることに気がついた。
手を捻り上げられたスザクは目を細め、自分よりも大柄な男を睨みつける。
「何のつもりだい?ジノ。」
「お前こそ何のつもりだ。」
ジノ・ヴァインベルグは無理矢理スザクの手からリフレインを奪い取る。
カレンはその場にへたり込んだ。
震える息を吐きながら、涙の浮かんだ瞳でスザクとジノを見る。
「紳士にでもなったつもりか?君は軍人だろう。」
「確かお前だったよな。常日頃私に『間違った過程で得た結果に意味はない』と説いていたのは。」
「そうだね。でも僕はやらなきゃいけない。」
呆然とそれを見ていたかレンはやがてジノが何か目線でサインを送ってきているのに気がつく。
ナイトオブスリーという位置にいる彼を信じていいのか分からない。
しかしこのままではリフレインを打たれてしまう。
藁にも縋る思いでカレンは勢いよく立ち上がってスザクの横をすり抜けた。
「・・・っ・・・待て!」
ジノがスザクの腕を利用して思い切り背負い投げる。
一瞬動きが止まった隙にジノも独房から出て、外側からロックをかけた。
「走るぞ!」
呆然とするカレンにジノはそう呼びかける。
長い廊下。
どこに向かって走っているのかカレンには分からない。
ただ見張りが一人もいないという違和感だけが胸の内を占めていた。
「ねぇ!貴方私をどうするつもり!?」
「あー?どうもしないって!」
「じゃあどこに向かって走ってるの!?」
「君のナイトメアのところ!紅蓮、だっけ!?」
逃がしてくれるつもりなのだろうか。
少なくとも今、何故か無邪気に笑っている彼が、自分を罠に嵌めようとしているとは到底思えない。
ちらりと後ろを振り返る。
「ねぇ!枢木スザクはどうなったの!?」
「外側からラウンズ特権でロックをかけた!他のラウンズが外から解除してくれない限り出られない!」
格納庫に近づくにつれて、廊下に倒れている人がちらほら現れる。
ジノ曰く、『ちょっと休憩してもらった。ラウンズ特権で。』。
末恐ろしい男だと、カレンはため息をついた。
格納庫には愛機、紅蓮可翔式が佇んでいる。
技術員を殴りながらそれに乗り込む。
幸いなことにキーは刺さったままだ。
ジノは近くにあるトリスタンに乗り込もうとしていた。
「ねぇ!」
カレンの呼びかけにジノが気づいて。
しかしジノのコックピットは閉じてしまい、それからすぐに回線が開かれた。
『なんだー?』
「私のこと・・・助けてくれたの?」
『今までの一連の行動が他の何に見えるんだ?』
「それはっ・・・そうだけど・・・」
『最近のスザクはおかしい。あんなやり方間違っていると思うし、何より君って意外と私のタイプなんだよねー。』
「なっ・・・!」
『あと、ナナリー皇女殿下の願いでもある。』
兄の話が出来てよかった。
そう微笑んでいた彼女は自分を態々逃がしてくれたのだろうか。
「でもッ・・・こんなことして貴方は・・・」
『私はいいさ。あの方の元に行けるなら・・・。』
モニターに映った彼の表情はとても果敢無げで、カレンは何も言えなくなった。
「ゼロ!」
「カレン!」
腕の中に飛び込んできたカレンの髪を撫でながら、ゼロは何度も謝った。
すぐに助けに行けなくてすまない。
そう何度も何度も謝り続けた。
「無事で、何よりだった。」
「はい、申し訳ありませんでした。それよりも・・・」
ちらりとカレンの視線が後方に移る。
それを目で追ったゼロは息を飲んだ。
ジノ・ヴァインベルグ。
カレンを逃がしてくれたらしいのはナイトオブラウンズのスリー。
ジノはゼロの前で跪くと、少し泣きそうに微笑んだ。
「殿下、お会いしとうございました。ジノ・ヴァインベルグです。」
「・・・何故。」
何故会いたかったのか、ではない。
何故正体に気がついたのか。
「貴方様がお亡くなりになられたと聞き及んでから8年余り・・・どんな形でもいいから生きていてほしいと、ずっと願っておりました。」
あの方の元へいけるなら。
ジノはそう言っていた。
それがゼロであったのだと、カレンは悟った。
「今一度お願いします。私を、貴方様の騎士に。」
「それはダメだ。俺はもうそんないい身分ではないんだよ・・・ジノ。」
「殿下がゼロで、私がナイトオブラウンズだからですか?」
「そうだ。」
そう言われてジノは少し顔を歪めはしたが、すぐ微笑んでゼロの手を取る。
その手の甲にそっと口付けるとゼロの身体が少し震えた。
「でももう私はブリタニアには帰れませんから。せめて黒の騎士団に入れてください。」
「お前はッ・・・もういい!」
踵を返して、ゼロはジノに背を向けた。
数歩進んで、顔だけ振り向く。
「・・・殿下はやめろ。」
集まったほかの幹部や団員達が『殿下』と呼ばれるゼロに疑問を抱いている。
これ以上正体に触れられることは避けなければならない。
ゼロの言葉を受けてジノの顔が綻び、ゼロを後ろから思い切り抱きしめる。
「せーんぱい!!!」
「・・・それもやめろ!!」
脱走、逃避行
「仲、いいですねぇ〜。」
幹部たちは最早それしか言えない。
リフレイン打たれそうなカレンをジノが助けて、それで一緒に逃げてくればいい。
そんな妄想。
2008/07/15 UP
2011/04/06 加筆修正