「ルルーシュを、いただきにまいりました。」



揺れたのは桃色。

黒のドレスを纏い、手に赤の薔薇を一輪持った女性。

彼女の登場に、悪逆皇帝が死したことで歓喜に満ちていた民衆は口を噤み、彼女の通るための道を作る。

黒の帽子を被り、そこから広がるレースで目元を隠している。

それは誰が見ても喪服だった。

カツカツと響くヒールの音。

彼女は悪逆皇帝の前に膝を付くと、力なく投げ出されていた彼の手を胸の上で組ませ、そこに持っていた薔薇を挿す。

黒革の手袋で血の気の失せた頬を撫でていると、傍らで涙を流していた少女が呟いた。


「ねぇ・・・さ、ま?」

「辛かったわね、ナナリー。」


そう言って微笑んだのは間違いなくユーフェミアだった。

髪は結い上げられていたが、米神の辺りから一房だけ垂らされたのは毛先がゆるく巻かれた桃色の髪。

黒のレースの向こう側にある淡い藤色の瞳も。

ただ、彼女は笑っていた。

悲しみ涙するわけでもなく、苦しみに耐えているわけでもない。

ただ彼女は穏やかに微笑んでいる。

そして涙するナナリーの肩を、まるで突き放すように押した。


「でもルルーシュはもっと辛かった。そうでしょう?」

「ゆふぃ・・・ねえさま・・・」

「ユフィ!」


信じられないようなものを見るように、コーネリアが駆けてくる。

驚きで微動だにできないらしいゼロの隣に立った彼女は、目の前の妹らしき人物を見遣った。

まさかそんな。


「生きて・・・いたのか!嗚呼ッユフィ!!」

「ええ。体を『棄てられた』仮死状態のわたくしは、ルルーシュに救われたのです。」

「棄てられただとッ!?」

「だってそうでしょう?虐殺皇女はこの国に必要ないもの。」


コーネリアは絶句した。

そしてそれはゼロ・・・スザクも同様だった。

スザクはユーフェミアが逝く瞬間にもっとも傍にいた人間。

確かに看取ったはずなのに。

動揺するスザクの雰囲気を感じ取ったのか、ユーフェミアは苦笑した。


「わたくしにかけられたギアスは解けなかった。だからわたくしはルルーシュに願い、ルルーシュはわたくしを決して日本人と触れ合わせないように匿ってくださったの。それからジェレミア卿のギアスキャンセラーで自由の身となった。」

「そんな・・・ルルーシュはそんなことを一言も・・・」

「わたくしが頼んだのです。スザクにはわたくしが生きていること、決して伝えぬようにと。もうあなたに・・・わたくしのせいで人を憎んで欲しくなかったから。早くわたくしの事を忘れて欲しかったから。」


ユーフェミアは控えていたジェレミアに目配せする。

彼はそれに従うように、ルルーシュの身体を横抱きに抱え上げ、立ち上がったユーフェミアの背後についた。

民衆はどよめく。

悪逆皇帝の身体をどうするつもりだと。

民衆は口々に言って、中には暴言さえ吐く者もいた。

世界の敵の骸はここで晒すべきだと。

そんな声が溢れて、ナナリーは涙した。

こんなことで人々が団結する世界が、本当に優しい世界なのか。


「ルルーシュのしたこと、私は無意味だとも思うわ。だって世界はこんなにも・・・ルルーシュにとって優しくないもの。ルルーシュの創った世界はきっと優しくなるでしょうけれど、きっとこの先何百年経っても、ルルーシュにとって優しい世界にはならない。」


悪行は人々によって語り継がれ、決して消えることの無い罪となる。

それは彼が望んだことだ。

死した後も全ての罪を背負い続け、憎しみを背負う。

ドレスの裾を翻し、ユーフェミアは微笑んだ。

ナナリーはぽつりぽつりと言葉を漏らす。


「お姉さまは・・・何処に行かれるの、ですか」

「私は何処へも行けない。何処にも行かないで、祈るの。この世界が一秒でも長く続くように。『慈愛の皇女』なんて名ばかりの、ただのちっぽけな人間である私には、そんな偽善めいたことしか出来ない。」


ジェレミアに目配せすると、彼は一礼して歩き出した。

自然と兵士が道を開け、そこをジェレミアは進んでいく。

それを横目で確認しながらユーフェミアはドレスの裾を摘まんだ。


「さようなら、お姉様。今まで愛してくださったこと、感謝しています。」


コーネリアに一礼する。


「さようなら、ナナリー。ルルーシュのこと、信じてあげて。」


ナナリーに一礼する。


「さようなら、スザク。ルルーシュの願いを叶えてくれて・・・ありがとう。」


スザクにも同様に一礼して、ユーフェミアは踵を返した。






ボツ理由:あまりにも無茶な設定な上に、ルルーシュが報われなさ過ぎたから。
ユフィが軽くルルーシュを糾弾しているように見えるのは、ただ私がルルーシュに死んでほしくなかったからっていうのと、悲しいけど世界は絶対今の状態を維持できないと思ったから。