重い瞼を押し上げる。

身体が痛い。

自分は今まで何をしていただろうか。

断片的になった記憶。

それを一つずつ繋いでいく内にまた瞼が下りてくる。

眠ってはダメだ。

折角かき集めた記憶が無駄になってしまう。

目を細めたり、瞬きしたりを繰り返しながら眠気をやりすごす。


(そうだ・・・わたし、ルルと・・・)


恋人同士になった。

お祭り好きの会長のイベントで半ば成り行きのようになってしまったけれど。

仮初めでも、恋人同士になれた。

嬉しかった。

どんどん記憶が甦ってくる。

降りしきる雨の中、失われた記憶を取り戻した。

それはずっと想いを寄せてきたルルーシュが父親を殺した『ゼロ』であったこと。

自分からも、周囲の人間からも抜け落ちた不自然な記憶。


ナナリー。


彼女はルルーシュの妹であった。

それがいつの間にか学園から姿を消し、総督の座について、ルルーシュには妹ではなくロロという弟がいる。

ルルーシュがゼロだと知り殺そうとしていたヴィレッタを、自分は撃った。

軍人であったはずの彼女は何故か教師として学園にいた。

誰もが仮面を被り、自分を欺いているのではないだろうか。

それが怖くて、何も信じられなくなって。

逃げていた自分をルルーシュは救ってくれた。

もう何も失いたくない。

そう言って、いつも冷静沈着な彼は焦りに顔を歪めていた。

彼は独りなのだと。

闘っているのだと知った。

その時ルルーシュを守ろうと誓った。

それから、自分はどうしただろうか。


(そうだ・・・わたし・・・撃たれたんだ・・・)


痛みを訴えるのは恐らく傷口。

ルルーシュは泣いていた。

泣いて、死ぬなと必死に言ってくれた。

そこで意識は途切れる。

眠くて、少し寒かった。

ああ、ここで死ぬのだ。

そう思って眠りについて、気がついた時には今の状況。

身体の下にはふわふわとしたベッドの感触。

天井には絢爛な絵画のような文様が描かれていて、ベッドの周りは天蓋のレースで覆われている。


「ここ・・・どこ・・・?」


そんな呟きが漏れた。

その独り言に返答が返ってきたのはそのすぐ後のこと。


「目が・・・覚めましたか?」


控えめな少女の声。

聞き覚えがある。


「ナナ・・・ちゃん?」

「はい、お久しぶりです。シャーリーさん。」


ナナリーは車椅子を動かしてベッドに寄る。

天蓋の継ぎ目に差し入れられた手が視界を開いた。

はにかんだ彼女は淡いピンクのドレスを纏っていた。

そこで慌てて目の前の少女は皇女なのだと思い出す。


「あっ・・・その・・・ナナリー皇女・・・殿下・・・?」

「どうか以前のように呼んでください。」


ベッドの上を探るように動いていたナナリーの手がシャーリーの手を捉えた。

きゅっと握り締めてくるそのぬくもりに目を細めて、シャーリーは深く息を付く。


「私・・・生きてる・・・んだね。」

「はい、スザクさんが私の元に連れてきてくださいました。」

「じゃあここって・・・」

「政庁です。」


貴族でもなんでもない家柄の身で、こんな形で政庁に入ることになろうとは思っていなかった。

周囲のどこを見回しても目に入る高価そうな調度品も、政庁ならば頷ける。

唐突に、涙が浮かんだ。

困ったようなナナリーの表情が涙でぼやける。


「傷が痛むのですか?」

「ちがっ・・・ちがうの・・・また・・・ルルを傷つけちゃった・・・て、おもって・・・」


またこれできっと、ルルーシュは己を責めた。

妹のため、弱者が虐げられない世界を作る。

母国に反旗を翻した彼は優しすぎた。

奪った命を悔やみ、振り返っては己を責めて。

苦しみ続けている彼を守ろうと決めたのに、泣かせてしまった。


「シャーリーさん。」


泣きじゃくるシャーリーを宥めながら、ナナリーは静かに名を呼ぶ。


「お会いになってほしい方がいらっしゃるんですけど・・・」

「ナナッ・・・ちゃん・・・?」

「どうぞ。」


ナナリーが天蓋の向こう側に呼びかける。

影が動いた。

姿を現した女性は白の拘束服に身を包んでいた。


「カレン・・・?」

「久しぶりね、シャーリー。」


無数のベルトで動きを封じられているらしいカレンはナナリーのと隣に立つと、苦笑しながら首を傾げた。


「撃たれたって聞いたけど、大丈夫なの?」

「う・・・ん、それよりもカレンは・・・」

「今ね、捕まってるの。」

「カレンさん。」


静かにナナリーが呼びかける。

それに応えるようにナナリーを見たカレンは静かに頷いた。

ナナリーは車椅子を操作して部屋から出て行ってしまった。


「ねぇ、カレン。」

「なぁに、シャーリー。」


カレンの声は静かだった。

シャーリーを前にして猫を被っているわけではない。

ただ、酷く心が落ち着いているのだ。


「貴方は・・・ゼロの正体を知っているの?」

「ええ、私は知ってる。」


シャーリーの瞳が揺れた。


「貴方は・・・ルルの味方?」


それがシャーリーにとって今一番大事なことだった。

自分だけが彼の傍にいたいなどとは考えない。

彼は独りで闘っている。

孤独な彼を支えなければ。

支えるのは大人数でなければ。

自分一人で支える自信はない。

謙遜でも何でもなく、ただ彼の背負っているものが大きすぎた。

だから、支えてくれる人を集めたい。

自分を撃ちぬいたロロも、ルルーシュを守りたかっただけだと分かるから恨みはない。


「カレン、貴方はルルの味方?」


そうもう一度聞くと、カレンは静かに頷いた。


「私ね、一年前彼を裏切ってしまったの。ゼロの正体がルルーシュだって知って・・・利用された、騙されたって・・・逃げたの。それでも彼は・・・戻ってきた彼は私を赦してくれた。だからもう離れない。」


カレンの瞳に少しだけ涙が浮かんでいた。


「だからね、私はこんなところにいる場合じゃないの。ゼロは絶対に助けるって言ってくれたけど・・・危険だし、何よりただ助けを待ってるお姫様って柄でもないしね。」




ボツ理由:見て分かるとおり途中放棄。
このあとナナリーとカレンとシャーリーが逃げる予定でした。