妙に肩が重かった。

肩が凝っているわけではない。

正しくは凝っているのだがそれは肩が重い原因ではなく、結果。

首筋に手を添えて少し指に力を込めると、心地よさに目を細めて息を吐いた。


「どうしたの、ルルちゃん。肩凝り?」

「まぁ・・・そんなところです。」


ミレイの声に我に返ったルルーシュは再び手元の書類に視線を戻す。

生徒会長ミレイ・アッシュフォードのイベント好き故の予算浪費に頭を悩ませるのは大抵副会長のルルーシュだ。

会計の手に負えないほど悲惨な『赤字』の処理を一人でやらなければならない。

ミレイが卒業すればなんとか予算も落ち着くかと思いきや、当の彼女はうっかり留年してしまった。

今回も復学したスザクの歓迎を兼ねての学園祭を盛大にやるらしく、予算のやりくりが大変な作業になってしまっていた。
あぁ、頭が痛い。


そう思いながらも電卓を操る手は休めなかった。


「ルルーシュ、僕が揉んであげるよ。」


声をかけてきたのはスザクだ。

復学した彼は以前と同じように生徒会に参加している。

ルルーシュはすっと目を細めて、そしてふっと微笑んだ。


「今や皇帝陛下直属の騎士であるお前に肩なんか揉ませられないな。」

「何言ってるの。そんなこと気にしなくていいんだよ。僕に任せて。」


微笑んだスザクに、ルルーシュは持っていたペンを置いた。

どうせこれも監視の一環なのだろう。

そんなことを考えながらも、それを悟られないように薄く微笑む。

スザクは嬉しそうに、気合を入れるかの如く制服の袖を捲った。

あの日、神根島で。

自分を殺すために銃を握っていた手が、近づいてくる。

まさに手が肩に触れようとした、その時。

パンッ!


「痛ッ!」


慌てて手を引っ込めたスザク。

その指から赤い血が滴り落ちている。

驚いたのはルルーシュだ。

立ち上がってスザクの手を見たルルーシュは暫し呆然とした後、自分の肩に触れた。

特にスザクの手を傷つけるようなものはない。


「スザクくん、静電気?」

「ルルってば・・・そんなに帯電してるの?」


困った顔をしながらシャーリーが軽き気持ちでルルーシュの肩に手を伸ばす。

パンッ!


「きゃっ・・・!」

「シャーリー!?」


手を押さえたシャーリー。

どうやら外傷はないようだが、静電気にしては随分大きな音ではないか。

薄っすらと涙を浮かべたシャーリーを申し訳なさそうな様子で見ているルルーシュの身体がビクリと震えた。

肩に置かれた、ミレイの手。

平気そうな顔で置いているミレイに生徒会メンバーから視線が集まる。


「何も起こらないじゃない。」

「ええー!?会長、どうして!?」

「シャーリー、妬かないの。ルルちゃんへの愛が足りないんじゃなーい?」

「そんなっ・・・!」


むきになったシャーリーがもう一度挑戦して、やはり静電気らしきものに阻まれてしまう。

その次に視線が集まったのはリヴァルだ。

リヴァルは冷や汗をかいて一歩後退する。


「リヴァル、アンタも触ってみなさい。」

「えー!俺痛いの嫌だよー!」

「何情けないこと言ってるの!」


ミレイに一喝されてはリヴァルは後に引けず。

恐る恐るルルーシュの肩へと伸ばされた手は、何事もなかったようにルルーシュに触れることができた。

いったい何が起こっているのだろうか。

ルルーシュ自身困惑しながら一先ずスザクとシャーリーに申し訳なさそうに微笑んだ。


「なんか・・・ごめんな。」

「いいよ、全然。でも本当にどうしたんだろうね。」


ミレイやリヴァルは普通に触れることができるのに、スザクやシャーリーは触れることができない。

その違いが分からなくて、ルルーシュは肩凝りのせいで痛み始めた眉間を押さえた。











「おかえり、ルルーシュ。」


中華連邦総領事館もとい黒の騎士団のアジト。

最近は学校を終えるとそこに帰るようになっていた。

クラブハウスに戻ったところで迎えてくれるナナリーはいない。

だからといって自分は監視されている身だ。

一度はクラブハウスに戻り、監視の目を掻い潜ってアジトへ向かう。

相変わらず『ゼロ』の部屋でクッションを抱きしめながら寛いでいたC.C.に適当に挨拶を返して。

椅子にドカリと座り込んだルルーシュは頭を抱えた。

未だかつてここまで肩が重いことなどなかった。

特に原因に心当たりはない。

一体どうしたというのか。


「ルルーシュ。」

「・・・なんだ。」

「具合でも悪いのか?」


いつの間にか近くまで歩み寄ってきていたC.C.の手がルルーシュに触れそうになって。

慌てて立ち上がったルルーシュは素早く身を引いた。

それで何とかC.C.の手が触れるのを防いだのだが、その行動でC.C.は盛大に不貞腐れた。


「なんだ。」

「いや・・・どうやら静電気が酷いらしくてな・・・学校で犠牲者が数名出たんだ。」

「なんだ、私を心配したのか?童貞も童貞なりに気を使うようになったのだな。」


一変、楽しそうに笑ったC.C.を睨みつけてから再び椅子に腰を下ろす。

ルルーシュが気を抜いた瞬間。

C.C.の白い手がルルーシュの肩に触れた。


「なんだ、何も起こらないじゃないか。」

「・・・人によってまちまちなんだ。」

「要らない心配だったな。それよりもお前は自分の心配をした方がいい。」

「なんのことだ。」


すっと、ルルーシュの肩に乗せた手を移動させたC.C.。

その指差す方向を目で追って、首をかしげた。

そこに、特に何かあるというわけではないのだ。

何かあるといえば、趣味の悪い鹿の首の剥製くらいのもの。

今この時、それが関係あるとは到底思えない。


「何もないじゃないか。」

「あぁ・・・お前、そのコンタクトを外してみろ。」

「コンタクト?」


常に発動状態になってしまったルルーシュのギアスを抑えてくれる特殊なコンタクトレンズ。

ゼロとしての記憶が戻った際にC.C.から渡されたそれは、普段の生活では常に装備しているものだ。

眉を顰めながらも言われるがままにコンタクトをはずして。

数度瞬きをした後にもう一度C.C.の指先を見る。




絶句。



『ルルーーーーーシューーーー!!!!』

『あっ・・・ずるいですお兄様!ルルーシュー!』




とりあえず深呼吸。

それからゆっくりとコンタクトを付け直して、手近にあったゼロの仮面を被る。


「そろそろ作戦会議の時間だな。」

「いいのか、アレらは。」

「俺は目に見えないものは信じない主義だ。」

「しっかり見えていただろう。諦めろ。」


そう言われて、ため息をつきながらもう一度コンタクトをはずす。

これも自分の背負った罪のカタチなのだろう。

コンタクトをはずした瞬間また耳に届いた二つの声の方向に顔を向けた。


「俺を呪いにでもきたんですか。クロヴィス兄上、ユフィ。」


自分が殺したはずの異母兄妹。

透き通った身体でふよふよと浮いている彼らに、ルルーシュは左目を手で覆ってよろめいた。






ボツ理由:この先を書いたらあまりにもスザクさんが可哀想になったから。