洗い終わったコーヒーカップをタオルで拭きながら、僕は窓際の席を見る。
そこにはいつも同じ人が座っていた。
日差しが麗らかで、暑すぎず寒すぎないその席はむしろ彼の為の特等席と化している。
日焼けを知らない白磁の肌と相対する黒髪。
伏せられた瞼を縁取る長い睫の奥に秘められたアメジストみたいな瞳と、通った鼻筋、ゆるく閉じられた口元。
かけた銀縁で細身の眼鏡が彼のシャープさを引き立てている。
いつも開いているのは難しそうな装丁の本で、情けない事に遠目から見ているのを差し引いてもどんな内容なのか僕には全く理解できない。
彼は週に4日程度僕のバイト先であるこの喫茶店に現れて、いつも同じ銘柄の豆で引いたコーヒーを注文し、その後2回追加のコーヒーを注文しながら本を読んで、店を出て行くのだ。
僕はいつもその様子を、仕事をこなしながら眺めていた。
その振る舞いや取り巻く雰囲気、喫茶店に通う回数や飲むコーヒーの量から、きっといい所の御曹司か何かだろうと僕は予想をつけている。
週に何回も喫茶店に通うのはかかる費用も馬鹿にはならない。
今日も今日とて1回目のおかわりを注文した彼のために、僕はコーヒーを淹れる。
サイフォンを使って淹れたコーヒーは香りも豊かで、これなら彼も満足してくれるはずだ。

「お待たせしました」

トレーに乗せたカップを持って彼の元にいくと、彼は本に走らせていた目を少しだけ上げて、ありがとうと一言だけ呟いた。
中性的な顔立ちとは違って声は意外と低めだと、最初に聞いたとき思ったその声も聞き慣れた。
最早彼に会うためにバイトをすることが僕の生き甲斐になってたりする。
彼が来る曜日は大体決まっていて、僕は必ずその曜日はシフトをいれることにしている。
時々来ないこともあるけれど、彼を待つ時間は特に苦痛ではないし、どちらにしろシフトを多く入れれば僕の懐も温かくなるから今の生活が実に充実していた。









ある日、いつものように店に現れた彼は一人ではなかった。
紅い髪を肩口で切りそろえた女性。
見るからに勝気そうな女性は、もしかして恋人なのだろうか。
なんだろう、もやもやする。

「ご注文はお決まりですか?」
「コーヒーを」
「私アイスティー」
「かしこまりました。」

カウンターの中に戻ってコーヒーを淹れ始めた僕は、ちらりと二人を見た。
彼はいつもと変わらず本を読んでいて、向かい合うように座った彼女はノートを広げて必死に何かを書いている。
時折彼がそのノートに目を写し、すらりとのばした指先でなにやら指示を出していた。
僕が注文されたドリンクを作っている内、女性の声が店内に響いた。

「ちょっとルルーシュ、真面目にやんなさいよ!」
「失礼な。これ以上無いってくらい丁寧に教えてやっているだろう。」
「アンタの説明は理論臭くて分かりづらいの!」
「俺の妹や弟はこの説明方法で十分理解しているが」
「それは単にアンタの愛しの双子ちゃんが頭いいってだけでしょー!?」
「ではカレン、君は単に頭が悪いだけなのかな。」
「言うに事欠いて・・・私だってこれでも・・・!!!」

タイミングが悪かったな、と僕は空気の読めなさを後悔した。
一波乱住んでからドリンクを持っていけばよかったんだろうけど、今既に僕は彼らの元にいる。
トレーに注文を受けた飲み物を乗せて立ち尽くしていた僕にやがて彼は気がついたようで、ふわりと微笑んでくれた。

「失礼。ほら、カレンも迷惑だろう。そんな大声で。」
「よくもまぁいけしゃあしゃあと!」
「い、いえ・・・大丈夫ですよ。今は他にお客さんもいませんし。」

そのおかげで僕は彼の名前を知ることができたわけだし。

『ルルーシュ』

綺麗な名前だと思った。
とりあえずさっきの笑顔の衝撃で震える手がカップとソーサーにカタカタと音がなるくらい振動を与えてしまったけれど、何とかテーブルにコーヒーとアイスティーを置いて、僕はまるで逃げるようにカウンターへと歩いた。
否、走っていたかもしれない。
『ルルーシュ』は怪訝そうな顔を一瞬向けた後、また手元の本に視線を戻した。







それから数時間後、どうやら課題を教えてもらっていたらしい『カレン』は無事に事を終え、軽くルルーシュと会話を交わした後店を後にした。
代金はそっけなくテーブルの上に置かれたままだ。
『ルルーシュ』は気にすることなくコーヒーを呷って、息を吐いた。
かけていた眼鏡を外し、目頭を指で押している。
そんな彼に、僕は意を決した。

「あのっ」

不思議そうに、彼は座ったまま僕を見上げた。

「これ、サービスです」

皿に乗せて持っていったのはイチゴのタルト。
店で出しているものではあったが、僕が少し切り方を間違えてしまって、中途半端に余ってしまったものだ。
いつもは僕がバイト上がりに貰って帰るものだし、じゃあそれを僕が彼に上げたところで問題は無いはず。
幸いお客さんはいないから見咎められることもないし。

「あの・・・」

ただ案の定、彼は異なものを見るような目で僕を見ている。

「あ、いや、つ・・・疲れた時には甘いものがいいって聞きますし!」

どうしよう、僕完全に変な人じゃないか。
そもそもいつもコーヒーをブラックで飲んでいる彼は、甘いものが嫌いなのかもしれない。
でも今更タルトを引っ込めたところでそれこそ変な人だし・・・。
混乱する僕の耳に次の瞬間届いたのはくすくすという笑い声だった。

「百面相してますよ」
「・・・ええ!?」
「じゃあありがたく頂きます。」
「あ、甘いもの大丈夫でしたか?」
「イチゴ、好きなんです。」

そう言ってフォークを手にタルトをつつき始めた彼を呆然と見て、僕は無意識に呟いてしまっていた。

「僕も、・・・好きです」
「え?」

さぁっと血の気が引いた。
僕、一体何を言っているんだ。
何が好きだって?
いやいや勘違いしないで貰いたい僕が好きなのはイチゴのタルトのことであり決して彼が好きってわけじゃ・・・!
そんな風に必死に弁解の言葉を考えている内に、彼は表情を緩めて、くすりと声を漏らす。

「あと、貴方がいれてくれるコーヒーも、好きですよ」

反則だ。
悪戯っぽく見上げてくる彼に、僕は完全に魅入られてしまった。




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ルルスが魔性すぎた\(^o^)/