今日ばかりは仮面が邪魔だ。

無機質なそれに手をかけてゆっくりと外す。

外気が火照った顔に触れて、気持ちよさに目を細めた。

マスクもずり下げて。

というより纏っていた衣装を全て脱ぎ捨てた。

ラフなジーンズとカッターシャツ。

今、『ゼロ』はいない。

いるのはただ、過去の人間。

そういう路を自分で選んだのだから後悔はしていないけれど。

それでも。

手近にあった紙袋を引き寄せる。

その中には数冊の雑誌。

表紙はどれも華やかで、それは季節ゆえの鮮やかさだ。

それを全部手にとってデスクの上に置くとある一冊の雑誌のページをぱらぱらとめくる。

暫くして、また次の雑誌。

そんなことを小1時間繰り返して、やっと納得のいくものを見つけた。

時期も時期だ。

雑誌もそれ用に特集で組まれているために、特に季節感も関係ないそれを見つけるのに苦労してしまった。

正直、自信はない。

練習したくても『ゼロ』として多忙な自分にそんな時間は確保できなかった。

幸いなことに失敗は一度だけ許される。

そうなるように必要なものを買え揃えた。

よし、と気合を入れるかのように呟く。

決戦の、火蓋が切って落とされた。
















12月に入った頃から街はイルミネーションで彩られる。

鮮やかな電飾。

ところどころに飾られたクリスマスツリー。

クリスマスまではあと20日もあるのに、人々は浮き足立っている。

そんな街の『平和』の様子を目に焼き付ける。

街を通り抜けて、電車に乗って

目的地はそんな華やかなものではない。

人気はなく、木々がうっそうと生い茂る。

長い長い石段を登った先には、幼い頃過ごした家が佇んでいた。

枢木神社。

神社の境内を歩いて、ぐるりと裏手に回る。

そこには先祖代々の枢木家の人間の遺骨が納められた墓があった。

その前に、一人の男性が立っている。

自然と顔が綻んだ。


「ルルーシュ」


名を呼ばれた彼は見上げていた墓から視線を動かして、スザクを捉えた瞬間同じように顔を綻ばせた。

手に持った箱を揺らさないように新調に走って、彼に近寄る。

薄手のコートしか纏っていない彼に仕方ないなとため息をついて、自分の首にあったマフラーを解いて彼の首に巻いた。

そのぬくもりに目を細めたルルーシュは表情とは裏腹に肩を竦めた。


「お前が寒くなるだろう。」

「僕はいいんだ。それよりもいつからここに?」

「3時間くらい前かな。」

「・・・早すぎ。」


待ち合わせより1時間早くスザクはその場所を訪れたのだが、ルルーシュはそれよりも更に3時間早かったらしい。

顔も赤く、きっとポケットに入っている両手も凍えているだろう。


「時間が経つのが思いのほか早く感じるよ。この身体のせいかな。」


ルルーシュがそっと、スザクのマフラーに触れた。

実際はそのマフラーではなくて、マフラーの下の、詰襟のセーターの下にあるモノ。

以前はその両目に宿っていた紋章。

それを継承したからこそルルーシュはゼロレクイエムを経ても尚こうして生きていることが出来たのだが、それは一生罪を背負って生き続けるということだ。

終わりのない贖罪。

気が遠くなるほどの時間の中、死に逝く人々を見つめながら、罪の意識に苛まれ続けるのだ。


「ルルーシュ。」


いつの間にか俯いていたその顔を弾かれたように上げて、ルルーシュはスザクを見つめる。


「誕生日、おめでとう。」


生まれてきてくれて、ありがとう。

そう言えば、彼は困ったように笑った。
















石段に腰掛けると、その冷たさが身体に伝わってきて思わず身震いした。

膝の上に置いたのは白い箱。

大事に持ってきた箱の中には、苺がふんだんに乗せられたタルトが入っている。

俺の好きなものを覚えていたんだなと苦笑したルルーシュに当たり前だよと返して。

あらかじめ切り分けてあるそれを一切れ、彼に手渡す。


「お前、こんなの作れたんだな。」

「違うよ。こっそりとケーキの作り方の雑誌買い込んで練習したんだ。なかなかタルトのレシピがなくて困った。」

「今はクリスマスが近くなってきたからな」

「なんだっけ、あの切り株みたいな形の・・・」

「ブッシュ・ド・ノエル?」

「そうそう。雑誌に載ってるの、そればっかりでさ。」


外気に晒されて冷えてきたそのタルトに、先端から齧り付く。

一瞬ルルーシュが眉を顰めた。

え、と。

不安そうに詰め寄ったスザクが顔を青くする。


「もしかして・・・美味しくなかった?」

「・・・お前、有塩バター使っただろう。」

「バターに種類なんてあるの?」


ため息一つ。

それでもルルーシュはそのまま咀嚼を続けて、あっという間に一切れ完食してしまった。


「ルルーシュ?」

「ん?」

「美味しくなかったんじゃ・・・ないの?」


それにルルーシュは目を剥いた。


「いや、美味しいよ。」

「でもバターが・・・」

「ケーキなんかの菓子作りには無塩バターを用いるのが一般的だ。その違いによって生じるのは味の違いとケーキの膨らみ等だが・・・前者は若干塩見が加わってくどくなる場合があるが、後者は対象がタルトの場合関係はない。要するに然程問題がないということだ。そうだな・・・」


考えるように、ルルーシュは黙り込んだ。


「お前の持ち点を100点とする。バターの違いによってマイナス85点。」

「・・・相当大きいじゃないか。」


何が然程問題がないだ。

悪態を吐けばルルーシュは俺は完璧主義者だからなと笑った。

しかししょぼくれたスザクを遮るようにルルーシュがスザクの膝の上の箱に手を伸ばす。

やがて引き抜かれた手には、もう一切れ。

新たなタルトが掴まれていた。

一口食べて、にやりと笑う。


「でも俺の為にお前が作ってくれたことへの感謝でプラス85点だ。」

「それって・・・」

「100点満点、おめでとう。」


嬉しくなって、自分もケーキを一切れ頬張る。


「うわ・・・」


思わずそう呟いていた。

正直しょっぱい。

甘いのにしょっぱいという何とも変な味で、それでも早々とルルーシュは3切れ目に手を伸ばしている。


「来年は、俺も何か作ってくるな。」

「だって君の誕生日だよ?」

「いいじゃないか、別に。」


スザクとルルーシュが会えるのは一年に一回。

ルルーシュの誕生日に枢木神社で。

ルルーシュはコードを継承し、普段はCの世界にその身を落ち着かせている。

もうこの世に干渉してはいけないからとルルーシュは自分でその道を選んだ。

本当はもうCの世界から出てくるつもりの無かったルルーシュだったが、スザクがどうしてもと頼んで。

結局一年に一回だけの逢瀬だ。


「そもそも俺は会うならスザクの誕生日がよかったのに。」

「だって枢木スザクはもう死んだ。」

「俺だってそうだろう。」

「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだよ。でもルルーシュ・ランペルージが死んだなんて話は聞いた事が無い。」

「人はそれを屁理屈と言うんだぞ。」

「屁理屈上等。」


そもそも逢瀬を年に二回にすれば事は丸く収まるのではとスザクは提案したが、ルルーシュはそれを是としなかった。

けじめは必要だと、彼は言う。


「ねぇ、ルルーシュ。」

「ん?」

「生まれてきてくれて。生きていてくれてありがとう。」

「そんなこと・・・言うなよ。俺の存在は・・・」

「それでも・・・ありがとう。」

「スザク」


咎めるようにルルーシュが声を出す。

それも構わず、ただ。


「神様なんて信じてないけど。君を創ってくれたのが神様なら僕は神様にありがとうと言いたい。」


Cの世界。

集合無意識なんてものではなくて。

御伽噺に出てくるような『神様』が本当にいるのなら。


「ありがとう、ルルーシュ。」


しょうがないな、と。

微笑んだ彼の瞳は、心なしか潤んでいた。


「俺のほうこそ・・・ありがとう。」








ありがとうって言ってくれたから












ルルーシュ誕生日企画サイト様に掲載していただいていたものです。
L.L.設定なので、細かい設定なども無視してやってください@@
バター云々に関しては父がそっち関係の仕事をしているので、父に聞いちゃいましたw(なんでそんなこと聞くんだコイツはって顔されましたがw)