目を開ける。

見覚えのある天井だ。

それはクラブハウスの自室のもので、懐かしさに思わず目を細める。

ベッドの硬さも慣れ親しんだそれ。

ルルーシュはふぅっと息を吐いて、腹部に静かに手を這わせた。

焼けるような痛みを伝えてきた傷はそこにない。

夢か。

まずはそう考えたが、真っ向から否定した。

確かに成し遂げたはずだ。

ゼロレクイエムという奇跡を演じきった。

だとしたらこれは走馬灯か何かだろうか。

妙なリアリティに目を見張りながら起き上がる。

そもそも一般的に語られる走馬灯というのは、生きてきた人生の中で印象強かった出来事が駆け巡るものだと認識していて、その認識と今の状況がまったく一致しないのだ。

どうしようかと迷いあぐねて、とりあえず部屋を出てみることにした。

四肢を動かしてどこにも異常がないことを確認し、ベッドから足を下ろす。

ひやりとした床の感触に身震いしながらも立ち上がったルルーシュは、部屋を出る為にドアに手をかけた。


「誰だ」

「・・・・っ!」


硬い声。

ルルーシュは思わず身を引く。

声がしたのは扉の向こう。

扉と距離をとったルルーシュの目の前で、ゆっくりとそれは開かれた。

銃を構えているのは、紛れもなく。


「・・・俺?」

「誰だ貴様は。どうやってこの部屋に入った?」

「・・・知らない。目が覚めたらここにいた。」


嘘はない。

本当にそうだったのだから。

しかし目の前の人物は納得しない様子でトリガーに指を添える。

かちゃり、という音はまさしく死へ誘う音だ。


「何故私と同じ姿をしている?」

「それは俺が聞きたい。そもそもこの部屋は俺の部屋じゃないのか?」

「ここは私の部屋だ。」


同じ顔をした彼は、ここを自分の部屋だと言った。

ルルーシュは部屋を見回す。

確かに彼の部屋なのかもしれないが、備えられた家具などは自分のものとも同じ。

ルルーシュは一つの可能性を見出した。

しかしそれは非現実的なことで、到底信じられるものではない。


「パラレル・・・ワールド・・・」


自分がいた世界と並行する世界。


「俺が死んで移動したのか・・・考えられるいくつかの可能性の中で最も有力なのはギアスだが・・・」

「ギアスを、知っているのか。」


彼は心底驚いたようにルルーシュを見つめ、そして考えるそぶりをする。

そういうふとした仕草が本当に自分と酷似している。

やはりここはパラレルワールドで、彼は別の世界にいた自分自身なのかもしれない。


「俺はギアスを持っている。相手に一度だけ命令する、絶対遵守のギアス。お前も・・・そうなんだろう?」


彼は応えなかった。

しかし構えていた銃を下ろし、部屋の中に足を踏み入れて扉を閉める。


「私も同じだ。しかし何故・・・私とお前が同じ外見をしているのと関係があるのか?」

「恐らくは。俺も詳しいことは知らない。元いた世界で死んだ俺は、気がついたらそのベッドに横になっていた。」

「死ん、だ・・・?」


彼が目を剥く。

ここを貫かれて死んだのだ、とルルーシュは自分の胸の辺りを指し示す。

傷も血も、服が破れた跡すらないそこに白い手が伸ばされる。

触れられることは元々そこまで好んではいなかったが、彼に触れられることは大して気にならなかった。

容姿が同じで、恐らく存在も同じだからなのかもしれない。

他人のような気がしない奇妙な感情が渦巻く。

彼は暫くそうやって触れた後、何か言わんとしたのか口を開きかけた。

しかし割って入ったのは高く澄んだ、少女の声。


「お兄様?」


それには彼だけではなくルルーシュまでもが身体を震わせた。

聞き間違えることはない声。


「お兄様、入ってもいいですか?」

「あ、いや・・・ナナリー、ちょっと待ってくれ。」


その言葉むなしく、扉は開いた。

ルルーシュが目を剥く。


「足が・・・」

「え?」


たっぷりのミルクを入れた紅茶のような髪の色。

ふわふわと長く伸ばされた髪をもつ少女はどこからどう見てもナナリーだった。

しかし彼女は車椅子に座ってはおらず、壁に掴まるようにして立っている。

目はやはり見えないのか閉じられたままだ。


「お客様、ですか?やだっ私ったら・・・」

「いや、いいよ・・・ナナリー。」


彼が苦笑した。

ナナリーはその場で小さく会釈して微笑む。


「初めまして、でしょうか。私はゼロ・ランペルージの妹のナナリーです。」


ゼロ・ランペルージ。

彼女は彼のことをそう言った。


「ゼロ・・・と、いうのか。」

「そうだ。」

「そう、か・・・。俺はルルーシュ・・・ルルーシュ・ランペルージ。」


ゼロとナナリーは、ルルーシュの名乗りに驚いて。

ルルーシュはゼロと名乗った自分と瓜二つの人間をじっと見つめた。










「俺達が10歳、ナナリーが7歳の時に母が殺された。」

「それから私達は留学という名の人身御供でエリア11に。」

「そしてそこでスザクさんと出会うんですね。」


ルルーシュとナナリーが歩んだ歴史と、ゼロとナナリーが歩んできた歴史は、全く同じものだった。

もう偶然なんて言葉で済まされるレベルではない。

ルルーシュとゼロは同じ存在。

それはもう否定できない事実。


「こんなことって、あるんですね。」

「・・・で、お前はどうして死んだ?」

「それ、は・・・」


ルルーシュが思わず言いあぐねる。

まだこちらのゼロが黒の騎士団を立ち上げた、なんて話題は出ていない。

ナナリーに知られれば、元いた世界でそうだったようにナナリーはゼロを拒絶してしまうかもしれない。

するとナナリーは何かを感じ取ったかのように立ち上がった。


「紅茶、淹れ直してきますね。」

「ナナリッ・・・」

「ちょっと時間がかかってしまうかもしれません。気長に待っていてくださいね?」


そう言って、ナナリーはゆっくりとした足取りでキッチンの方に向かっていった。

ルルーシュは思わず苦笑してしまった。


「ナナリーはどこの世界でも敏い子だな。」

「そうだな。・・・で、ナナリーの前では言えないお前の死の真相は?」


見つめてくるゼロに、ルルーシュは小さく息を吐いたあと全てを話した。

手に入れた力、ギアス。

妹のために作り上げた組織。

不運な事故により殺すしかなくなってしまった片腹の妹。

親友だと思っていた人間に売られた事実。

復活と、偽りの弟。

学友の死。

父と母の思惑と母の死の真相。

裏切りと妹からの拒絶。

そして、親友との和解と契約によりなされた計画。


「・・・なるほど、ナナリーには言えないことだな。」

「俺の世界でのナナリーは脚が不自由で目も見えなかった。だが眼に関してはブリタニア皇帝のギアスによるもので、こちらのナナリーもそうならばどうにかすれば見えるようになるかもしれない。」

「そうだな・・・ただ・・・」


ゼロは表情を曇らせた。

なにかあったのか、と不安になったルルーシュも眉をよせて、ゼロの顔を覗き込む。


「お前は、いつまでこちらにいられるんだ?」

「・・・わからない、そもそも何故俺がここに来たのかも・・・」

「お前に申し訳ないくらい、ここは満たされた世界だよ。お前が背負ってきたものを、私も今背負っているが。」

「まさか・・・」

「ナナリー」


ゼロは声を上げた。

暫くした後、キッチンの方から彼女はひょっこりと顔を覗かせた。


「どうかなさったんですか、お兄様」

「どうやらルルーシュも自分の世界で黒の騎士団を立ち上げていたらしい。」

「ゼロッ!!」

「まぁ、そんな事までお兄様と一緒なんですね。」

「・・・え?」


ルルーシュは目を剥いた。

反逆者となったことを責めるわけでもなく。

ナナリーはただ苦笑して、ゆっくりとした足取りでルルーシュに近寄ってきた。


「ルルーシュはあちらの世界でお前に否定されたらしい。傷ついているようだから慰めてやってくれ。」

「否定?私がお兄様を?私の為に世界を変えてくださるお兄様を?」


信じられない、といった様子。

ナナリーはルルーシュの足もとに跪いて、その白い手をルルーシュの髪に這わせた。


「ありがとうございます、もう一人のお兄様。私の為に命をかけてくださって。ナナリーはお兄様方を愛しています。一緒に隣に立てるよう、私も戦っています。お兄様は一人ではありません。」

「ナナリ・・・」

「ここは私達にとってそこまで酷な世界ではない。だからお前もこちらにいられるのならずっといればいいんだ。私とお前が同一人物なら、兄弟も同じことだろう?なぁ、ナナリー?」

「はい。もう一人お兄様ができて私も嬉しいです。」

「だから、ゼロレクイエムなんてことはするな。ナナリーが怒る。」

「ゼロレクイエム、ですか?」

「ナナリーは気にしなくてもいいよ。」

「まぁ、早速お二人で隠し事ですか。」


頬をぷくりと膨らませたナナリーの頭を撫でたゼロが苦笑して、もう片方の手でルルーシュの頭を撫でる。

ルルーシュは静かに涙を流していた。




























「双子の弟なんだ」


ゼロの計らいでアッシュフォード学園に編入したルルーシュは、ゼロのそんな言葉によってかつての学友に対面した。

一つ年上のはずなのに留年のせいで同学年のミレイ。

そのミレイにアプローチをかけても相手にされず涙目なリヴァル。

顔を赤らめて立ち尽くしているシャーリー。

そして。


「枢木スザクです。よろしく。」


まだ親友だった頃の、無邪気な笑顔。

向けられてくる、己のものよりも幾ばくか黄味がかった肌色の手。

それを見て、ルルーシュは動けなくなった。

ルルーシュの知る本当の『スザク』はあちらの世界に置いてきた。

死ぬことを望み続けた彼に生きろとギアスをかけて、幸せを世界に捧げろなんて命令をくだして。

スザクにそこまで言っておきながら、己は死んだ後何故か幸せに満ちた世界に来てしまった。

これではまるですべてを彼に背負わせてしまったかのよう。

躊躇していたルルーシュにスザクも怪訝そうに首を傾げたのだが、それを観察していたゼロが割り込んでルルーシュをすっぽりと抱きしめた。


「ルルーシュは私のものだからな。」

「ほぁ!?」

「お前なんぞに渡してたまるものか。」

「はは、手厳しいな、ゼロは。」


スザクも思わず苦笑する。


「ゼロってばシスコンだけじゃなかったのね。」

「弟を愛して何が悪い。」

「いーえ、なんっにも悪くありません!」


そのやり取りを茫然と見つめていたルルーシュを抱きしめるふりをして、ゼロは耳元に唇を寄せた。


『大丈夫だ、ルルーシュ。』

『ゼロ・・・』

『大丈夫だ。』


思わず浮かびそうになった涙をこらえて、ルルーシュは精一杯笑う。

ゼロに拘束されて身動き一つ間々ならない身体をなんとか動かしながら、片手をスザクに差し出した。


「よろしく、スザク。」

「・・・うん、よろしくね、ルルーシュ。」

「だからルルーシュはやらんと言っているだろう!」

「さて、ルルちゃんの歓迎会は何がいいかしらね!!!派手にやるわよ!」


どこに行っても相変わらずなミレイにルルーシュは思わず面喰ってしまったのだが。

ゼロに何がいい?と微笑みを向けられて。

少し考えた後、ルルーシュも微笑んだ。





懺悔飛行








「花火が、いいな。」


果たせなかった約束は、今も心の中に残っているから。







リクエスト内容:R2最終回後異世界トリップをしたルルーシュがゼロと会って学園生活か騎士団の活動をイチャつきながら行う話
はい、見事にリクエスト無視しました。
本当にお詫びのしようもないです@@
ギャグ含むシリアスって指定も頂いてたのに・・・あれ、ギャグとシリアスあった?みたいな。
とにかくルルーシュを幸せにしようと足掻いたのですが・・・ハハハッ。
鳴海さま・・・というかリクエストをくださった皆様、リクエストを忠実に再現できない管理人でスイマセン^^;