「殿下」


凛とした声が響く。

少し低めでも女性のものだと分かるその声がした方向に、スザクはゆっくりと視線を向けた。

一国を治める皇帝の息子、即ち皇子であるスザクは、手に持っていたスコーンを皿に戻して手を拭くと、ふわっと笑った。


「なんだい、ルルーシュ」

「なんだい、じゃありません。会議の時間はとうに過ぎています。」

「大丈夫。この前ルルーシュが考えてくれた予算案、提案してみたら皆びっくりしてたよ。あまりにも的確な草案だったからそのまま申請しちゃった。」


だから今日の会議は別に出なくてもいいんだ。

そう笑ったスザクに、ルルーシュは唇を噛み締めた。

スザクは、ほとんどの政務をルルーシュに任せていた。

ルルーシュの能力は並外れたもので、いつも家臣らの度肝を抜いている。

しかしスザクがそれをルルーシュに任せきりにしているのは、決して面倒がっているからではないのだ。

本当はできるのに、できないフリをしているということを、ルルーシュは知っている。

そうする理由も分かっているからこそ、辛いのだ。


「ルルーシュの焼いてくれるスコーンはいつも美味しいね」

「・・・っ・・・紅茶を淹れ直してまいります。」


踵を返し、部屋を出たルルーシュは胸の辺りを押さえて、涙を堪える。

廊下を通り過ぎる兵や他の家臣たちは、いつもルルーシュを異な者を見る目で見ていた。

スザクの騎士として就任した「ルルーシュ・ランペルージ」という人間は、気品に溢れ、知性と容姿に恵まれ、多少勝気であったが女性だった。

運動神経は悪くないし、フェンシングだって嗜んでいたから剣技も申し分ない。

ただ、絶望的なまでに体力が無かった。

もし誰かと剣を交えたとき、一瞬でカタがついたのなら問題は無い。

ただそれが長期戦になった場合、騎士として主を守ることすら間々ならない。

本来騎士というものは主を守ってこその存在。

ルルーシュの知力や政務能力は評価されても、いざという時主を守れないかもしれないルルーシュは、騎士としての評価は最悪だった。

そしてそれが分かっていても騎士を変えないスザクは愚かだと、皆は口々に噂した。

己の評価などどうでもいい。

ただ、それによって主が貶されることが、どうしても耐えられなかった。

騎士の証である、腰に差した2本の剣が飾りに見えて仕方が無かった。



















皇子殿下の部屋に賊が侵入した。

その知らせをいち早く耳に入れたルルーシュは、息も絶え絶えになりながら廊下を走る。

自室とスザクの部屋がそれほど離れていなかったのが救いだが、それでも決して近いわけではない。

既に悲鳴を上げ始めた肺を無視し、ルルーシュは腰に差した2本の剣の内の1本の柄を握る。

飛び込んだスザクの寝室では、スザクが賊に剣の切っ先を突きつけられて立っている状態だった。

剣を鞘から抜き、構えて。

そして最善のプランを脳内で練る。

しかし呼吸が苦しくてどうも上手く思考が纏まらない。

暗闇の中、スザクが驚いているのが見て分かった。

迷惑はかけたくない。

騎士としての役割を果たしたい。

主に恥じない騎士になりたい。

その思いでルルーシュは地を蹴った。

間合いを一気に詰めて、相手の死角を突く。


キィンッ!


剣は弾いた。

条件はクリアだ、とルルーシュが気を抜いた瞬間。


「くっ・・・!」


賊は乱れた体勢を立て直しながら隠し持っていたらしい銃を構え、銃口をルルーシュの目の前に突きつけた。

踏み込んだ際己の体勢も崩れていたせいか、咄嗟に身を引いても銃の射程範囲内から逃れることが出来ない。

かちゃり、という引き金の音を間近で聞いた。

ルルーシュは目を見開く。

撃たれる、そう思ったからではない。

己の身体が、何かに抱きこまれたからだ。

その瞬間耳を劈くような銃声が聞こえて。

身を強張らせたルルーシュが呆然としている間に、彼女を抱え込んでいたスザクはその腰に1本残っていた剣を鞘から引き抜き、賊に向かって突き出していた。

肉を裂く音。

舞う血飛沫。

目の前で賊は崩れ落ち、床に血溜まりを広げながら絶命した。


「ルルーシュ、平気?」


頭上から降ってくるいつもの穏やかな声に、身体を震わせたルルーシュは慌てて離れようとした。

しかしその時スザクの顔が苦痛に歪んで。

ルルーシュは初めてスザクの寝巻きの、左腕の辺りが血で滲んでいることに気付いて顔を青くした。

怪我をした理由など分かりきっている。

あの銃声。

騎士である自分を庇って、主が怪我をしたのだと。

不甲斐なさで浮かぶ悔し涙を堪え、ルルーシュは己のマントを破り腕の止血をする。

スザクは困ったように笑っていて、そっと手をルルーシュの頬に添えた。


「泣かなくてもいいのに。いや、むしろ泣きたいなら我慢しなくてもいいよ?」

「・・・申し訳、ありません・・・私が、騎士として不甲斐無いばかりに」

「そんなことない。ルルーシュはよくやってくれているよ。」

「殿下が、私の地位を守る為にわざと私に政務をさせていること、知っています。」


騎士としての一番の役割。

主を守ること。

身体を動かすことが得意ではないルルーシュが今もスザクの騎士でいられるのは、その頭脳だ。

頭脳を生かしてその政務に手腕を発揮させ、その類まれなる能力を周囲に知らしめること。

それを行う為にスザク自身が政務を行わないこと。


「私は、殿下の枷です。」

「ルルーシュ」

「どうか騎士を解任してください。貴方様に相応しい騎士が、この国にはたくさんいるでしょう。」

「その通りですぞ、殿下」


突如割って入った声。

いつのまにかスザクの部屋には多くの家臣が集まっていた。


「騎士の分際で政治に口を出す女など・・・おまけに殿下に怪我を負わせているではありませんか。騎士の存在意義を果たしてはいない。今すぐ解任するべきです。」

「わかった、解任するよ。」


嗚呼、これで終わるのだ。

今まで傍に置いてもらえただけでも十分だ。

あっさりとしたスザクの声に、ルルーシュは瞳を閉じる。

しかし次に聞こえたのは、くすくすというスザクの笑い声だった。


「君は、今日を持って解任。今すぐ荷物を纏めてくれるかい?」

「は?」

「・・・え?」


スザクが指差すほうを、ルルーシュは恐る恐る見た。

てっきり自分に向けられていると思っていたその指の先には、ルルーシュの騎士解任を助言したスザクの側近が。


「・・・血迷われたか!」

「血迷ったのは君だろう。主君である僕が決めた騎士を侮辱して、たった今僕自身を侮辱した。」


よーし、これで君を解任する理由には十分だよね〜。

側近であった男性は顔を真っ赤に染めて、憤慨するかのように部屋を出て行った。

それを追いかけてく者と、スザクの怪我の治療をする為に人を呼びに行った者。

その両方で人々が出払ってしまった結果、結局残ったのはスザクとルルーシュの2人のみだ。

俯いたままのルルーシュの顔をスザクが覗きこむ。


「ルルーシュ?」

「・・・何故」

「君を解任しなかった理由?そんなの決まってるじゃないか。」


スザクがずいっと身を乗り出して、ルルーシュの耳元に口を寄せた。

間近にある顔。

そして首筋に当たる息がルルーシュの判断力を根こそぎ奪っていく。


「・・・ッ!!!」


君に、傍にいて欲しいから。

囁かれた言葉はもっとも残酷だった。

恋心に限りなく近い感情をひっそりとスザクに抱いていたルルーシュにとって。


「貴方はッ・・・残酷だ・・・!」


『皇子』と『騎士』

決して隣には立てない身分という大きな壁。

お願い。

お願いだから、これ以上期待させないで。

付け上がらせないで。

勘違いさせないで。

そう念じながら、ルルーシュは硬く目を閉じる。

その途端身体が押され、柔らかい絨毯に身体が沈んだ。

スザクの片方の手でルルーシュの両手が縫い付けられ、スザクのもう片方の手がルルーシュの顎に添えられる。

目をそらせない。


「君は一生僕の騎士でいるんだ。僕の元を離れて誰かの騎士になることも、誰かと結婚するのも許さない。」

「殿下ッ・・・」

「スザクって呼んで。そして誓ってよ。」





感情論








心も身体も。

その淡い感情も。

涙も。



「全部僕に捧げて。僕だけのものになって。」



リクエスト内容:『皇子スザク×騎士ルル♀で身分の有る両片思い』
両片思いってスザク→←ルルーシュってことですよね?
お互い好きなのに身分が邪魔してくっつけないっていうもどかしい状況ですよね?
・・・はい、失敗しました☆
っていうかスザクはどちらの国の皇子さまですか?ってツッコミはスルーでお願いします!
aoiさま、こんなので申し訳ありません><