「お、上玉じゃん。」

「でもよく見たらコイツ男だぜ?」

「でもこんだけ綺麗な顔してたら余裕で食えるだろ?」

「確かにな。」


そんな物騒な会話を小耳にはさみ、ジノ・ヴァインベルグは周囲をぐるりと見回した。

人通りは決して少なくはないが、別段多いわけでもない。

会話の内容からして餌食になろうとしているのはどうやら男性。

食われる、なんて言葉から連想される行為の中でも最悪のパターンを想像したが、男性ならば自分でどうにかできるだろう。

むしろラウンズである己が割って入ればそれだけで事は大きくなってしまう。

通り過ぎようと、ジノは決意した。

しかしやはり少し気になってしまって、さりげなく近寄ってみる。


「ねーねー、ちょっと俺達とイイコトしようよ。」

「あ、あの・・・」

「大丈夫、気持ちイイことだからすぐにクセになるって・・・」

「いえ、その・・・ここはどこですか?」

「んー?イイことできる路地裏〜。」


その会話を耳にして、ジノは首を傾げた。

何かがおかしい。

確かに彼は綺麗な男性だった。

しかし抵抗しない、というよりは何が起こっているのか分かっていない状態だろう。

あっという間に路地裏に連れ込まれ、両手を頭上に組まされて拘束されてしまった。


「あのっ・・・俺は・・・誰でしょうかっ」

「なに、もう興奮して何も考えられなくなった?」

「そうじゃな、ひっ、あ・・・なに・・・やめてください!」


頬のラインを舐め上げられ、ぞくりと身体を震わせる。

男の内の一人が、彼の下肢に触れた時。


「はーい、そこまで。」


気がつけばジノはその行為の真っただ中に乱入していた。

考えてみれば今はラウンズの正装ではなく、ただの普段着。

乱入したところでそこまでの騒ぎにはならない筈だ。


「嫌がってるだろ〜?それぐらいにしておいてあげてよ。」

「ああ?何だテメェ・・・ヘラヘラした面しやがって・・・」

「邪魔すんじゃねぇ!」

「おっと。」


男が胸倉に掴みかかってきた。

まるで条件反射。

次の瞬間にはジノはその男を地に沈めていた。

殴った後傷んだ拳を撫でながら残った方の男を見ると、彼は怖気づいたようで昏倒した男を連れて逃げて行った。

ふぅっと溜息をついて、いつの間にかへたり込んでいた彼に向き合う。


「嫌ならもっと抵抗しないと駄目だぞ?」

「あの・・・ありがとう、ございました。」


何となく腑に落ちない。

そんな様子の彼にジノは怪訝そうに眉を寄せながらも抱き起した。


「家どこ?送るよ。」

「あの・・・」

「ん?」

「家、何処なのか、わからないんです。」


ついでに自分の名前も。

申し訳なさそうにそう言われて、ジノはあんぐりと口を開けた。


























「ジノ様、そちらの方は?」

「いや、なんていうか・・・トモダチ?暫く客間を貸してやってくれ。」

「はぁ・・・」


使用人は実に訝しがっている。

正直ジノ自身、どうしたらいいのかわからない。

どうやら彼は記憶喪失らしい。

持っていた携帯端末からわかったのは『ルルーシュ』という名前のみ。

アドレス帳から誰かに連絡を取ろうかとも考えたのだが、アドレス帳にはご丁寧にもロックがかけられていて、当然ルルーシュは暗証番号を覚えてはいなかった。

だからといって一度助けた身だ。

見捨てるのは人としてどうかと思う。

そんな思いで連れ帰ってきたのだが。


「じゃあルルーシュ、この部屋使って。」

「あ、はい・・・ありがとうございます・・・ジノ、さま。」


出された紅茶を啜っていたジノは思わずそれを噴き出しそうになって。

なんとか飲み込んで口元を拭いながら苦笑する。


「ジノでいいって。」

「ジ、ノ?」

「そう。」


そうするとルルーシュはふわっと笑って。


(うわっ・・・)


これはなんというか、正直クる。

元々男性だということを除けば顔はストライクゾーンど真ん中だ。

むしろ男でもこの際いいかもしれないと思うくらい、ジノはときめいてしまった。

ドクドクと脈打つ心臓はジノの思考を確実に蝕んでいた。














ラウンズの任務を終えて帰宅する。

今まで屋敷に帰ることをあまりしなかったのだが、流石にルルーシュを匿っている身だ。

無責任ともとれる振る舞いはしたくはないし、何よりジノ自身がルルーシュに会いたくて堪らなかった。


「ただいまー」

「おかえりなさいませ、ジノ様。」

「ルルーシュは?」

「それが・・・」


不安に襲われ、ジノは走り出した。

広い屋敷内、何処にいるかなんて見当もつかない。

それでも適当に走っていくと、やがて見慣れてきた黒髪を見つけた。


「ルルーシュ!」

「えっ、あ、おかえりジノ。どうしたんだ?」

「・・・え」


絶句。

そんなジノの背後に一人のメイドが立って、申し訳なさそうに頭を下げた。


「申し訳ありません、ジノ様。ルルーシュ様がどうしても何か手伝いがしたいと仰って・・・」


ルルーシュはフリルのついたピンクのエプロンを身につけて、手にモップを持っていた。

掃除してます。

誰が見てもそれが分かる。


「ごめん、置いてもらっている身だからなにかできることはないかと思って。」

「気にしなくていいのに。」

「そんなわけにはいかない。何でもいいから、何かお前の役に立ちたいんだ。」


顔を淡く染め、俯いたルルーシュの目線だけがジノに向けられる。

要するに上目遣いだ。

ジノは頭の中で何かが弾け飛ぶ音を聞いた。

本能的に動いた身体が、ルルーシュの男性にしては細い身体をがばりと抱き込む。

ルルーシュが目を見開いて身体を強張らせたのを間近で感じる。


「ルルーシュ!ずっとここにいてくれ!!!」

「ジ、ジノ?」

「私はルルーシュを好きになった!大好きだ!」

「あ、あ・・・りが、とう・・・」


恥じらってぼそぼそと呟くように言うその様すら愛しくなって、ジノは人目も気にせず抱きしめ続けた。


















「ジノ・・・今日、」

「悪いアーニャ、今日も早く帰らなくてはいけないんだ。」


ジノは最近妙に誘いを断る。

それがアーニャにとって不思議でならなかった。

以前はよく一緒に出かけていたのだが。

暫くじっと考え込んでいたアーニャは、同じ詰所にいたスザクの元へ走る。


「スザク・・・今日、付き合って・・・」

「ん?ジノは?」

「ジノ、最近付き合い悪い。きっと、彼女、できた。」

「へ〜、あのジノにね〜。」


スザクはすっと視線を動かす。

ソファーに上機嫌な様子で腰かけたジノは、鼻歌を歌いながらテーブルの上の包みを紐解いている。

どうやら手作り弁当らしい。

深い緑のナプキンで包まれた箱の大きさは、恐らくジノの体格に合わせてのことだろう。


「違った」

「ん?」

「彼女、じゃなくて、奥さん。」


要するにあれは愛妻弁当ということだろうか。

しかし四男とはいえ名門ヴァインベルグ家の中でラウンズまで上り詰めた逸材だ。

婚約や結婚の話があればもう少し話題として取り上げられてもよさそうなもの。

謎だ。

スザクが首を傾げるのと同時に、弁当箱の蓋が開かれる。

スザクの目つきが変わった。


「ねぇ、ジノ。その弁当どうしたの?」

「ん?ああ、作ってもらったんだ。美味そうだろ?」

「そうだね、とても美味しそうだ。だってその弁当から、ルルーシュ(の作ったおかず)の匂いがする。」

「・・・は?」


ジノは目を剥いた。

そして思わずそれを表情に出してしまったのだ。

何故それを知っている?な表情を。


「そうか、見つからない筈だよね。君が隠してたんだから。」

「待て、スザッ・・・」


スザクの手が迫ってきても、ジノはまるで蛇に睨まれた蛙の如くその場から動けなくなってしまった。

胸倉をつかむその手の周りにラウンズの正装である騎士服が無数の皺を刻んでいく。

混乱しながらも深呼吸したジノはスザクを睨んだ。


「スザクと彼がどんな関係なのかは知らない。だが、私はルルーシュを手放す気はない。」


その時、ジノの携帯が震え、ジノはスザクに掴みかかられたまま通信をつないだ。

焦ったメイドの声。


『ルルーシュ様がいなくなってしまって・・・!』


血の気が下がる。

スザクの手を振りほどいた。


「悪いなスザク、少し急用ができた。屋敷に戻る。」


スザクが何か言おうと口を開いた瞬間。

割り込んだのは、それまで傍観していたアーニャだった。


「・・・任務。黒の騎士団。」


こんな時に、と唇を噛みしめたジノの隣で、スザクはすっと目を細めた。
























「いいのか。」


C.C.は仮面を手に持ったまま俯いているルルーシュの背中にそっと触れる。


「俺は・・・私はゼロ。アイツは貴族で、ラウンズだ。」


今日はビーフシチューにしよう。

その料理の腕を買われついには夕食の準備すら任されていたルルーシュだったが、調理中に唐突に失っていた記憶を取り戻した。

自分が元皇族であり、反逆者であることを。

それを思い出してしまえば最早ラウンズである彼と共にいることはできない。

屋敷をこっそりと抜け出したとき、何度も何度も振り返ってしまった。


「俺とアイツは、相容れない。」


仮面を顔に当てると、後頭部付近のギミックが作動して仮面が装着される。

丁度その時既に陣を展開させている藤堂から通信が入った。


『ゼロ、ラウンズの3人がお出ましだ。』

「わかった、今そちらに行く。」


最近主に前線に出てくるのは決まって同じ面子。


「きっとアイツもいるぞ。」

「関係ない。」


そう割り切って。

割り切ったはずだったのだが。







「・・・・・・なんだこれは。」







蜃気楼に乗り、前線に出たルルーシュは信じられない光景を目の当たりにする。

ランスロットとトリスタンが戦っているのだ。

何故。

茫然とそれを見たルルーシュだったが、やがて一方的にランスロットが攻撃を加えているということに気づく。

要するにとち狂ったのはスザク、ということ。


『おいスザク!こんな時に!』

『こんな時だからこそ、だよ、ジノ。僕は君に負けるわけにはいかない。』

『じゃなくてゼロ!目の前にゼロがいるだろ!?』

『だからこそ、と僕は言ったよ。』


トリスタンに搭載されていたはずの2つのスラッシュハーケンが真っ二つに裂かれて地に落ちていく。

ゼロは目に見えて動揺していた。

今は敵だと、そう言い聞かせても。

蜃気楼がハドロンショットをランスロットに向けて発射する。

それで体勢が乱れたランスロットは一度トリスタンと距離を置いた。

咄嗟に手助けしてしまったが、誤魔化せば「ラウンズを一気に2人沈めるチャンス」とでも言えるだろう。

しかしその『ゼロ』の行動に、ふふふ・・・と笑いを零したのはスザクだった。


『そうか、やっぱり君はそういう男なんだね、ゼロ・・・いや、ルルーシュ。』

「・・・っ!」

『え、ルルーシュ!!?』


トリスタンから聞こえるジノの驚いたような声を気にしながら、ゼロは蜃気楼を後退させた。

墓穴を掘ったと分かったからだ。

これでは計画が・・・。


『僕は遊びだったんだ!』

「ほぁあ!?」


遊びって何だ。


『折角皇帝脅して、僕のことが好きになるようにギアスで記憶書き換えて貰ったっていうのに、僕がシチュエーション整えている間にあっさり記憶取り戻しちゃうし!』


シチュエーションって何だ。

ってか皇帝のギアスってそんな事のためだけにかけられたのか。

皇帝弱いな、思いっきり弱者じゃないか。


『そしたら今度はジノ!?その無駄にいい容姿と頭であーんなことやこーんなことして誘惑したっていうのか!?畜生悔しい!』

「・・・とりあえずスザク、落ち着いてくれ。頼むから。」


人聞きが悪い。

ゼロ・・・ルルーシュは項垂れながら仮面を外した。

どうせ蜃気楼の中だ。

映像さえONにしなければ顔は見られない。


『いい加減俺のモノになれよ!』

「お前こそその俺ルールをいい加減にしろ!」

『ルルーシュ・・・ルルーシュなんだな・・・』

「ジ、ノ・・・」

『よかった・・・屋敷からルルーシュがいなくなったって連絡が入って・・・すごく心配したんだぞ!?』

「・・・すまない。記憶を亡くした俺を助けてくれたことには感謝している。ただ、俺はもう記憶を取り戻してしまった・・・」

『何もないところで転んで頭打って記憶喪失とか笑えるだろう?』

「黙れC.C.!と、とにかく俺は・・・もうお前に合わせる顔なんて・・・」

『・・・わかった。』


ジノが静かに言う。

ズキンと心が痛むのを感じながら。

なるべく感情は表に出さないようにして、ルルーシュは顔を上げた。

もう前を向いて進まなければいけないから。

しかし、その顔を上げたルルーシュの視界に飛び込んだのは、残りの武装を捨てて手を上げながら近づいてくるトリスタンの姿だった。

騎士団のKMFが動揺して動けないのをいいことに陣に割り込んだトリスタンはそのまま方向転換し、スザクもといブリタニア軍に向き直る。


『ジノ・ヴァインベルグ、今日から愛に生きまーっす!!!』

「・・・へ?」

『いや、メイドがさ、さっき通信で『ルルーシュがいなくなったけど、厨房には夕食と思わしき美味しそうなビーフシチューが用意されてた』って言ってたから。この戦闘を早く終わらせて帰って、一緒に食べよう?』

「・・・っ!」

『あ、これちょっと借りまーす!』


傍らに破壊されて沈黙していたKMF・・・暁の廻転刃刀を持ち、それをスザクに向けて。

にかっと笑ったジノは、そのままトリスタンを蜃気楼の前に移動させた。


『ジノ!ルルーシュは僕の嫁だ!!』


『ざーんねん、今から私の嫁にする!ルルーシュ、結婚してくれ!!!』






戦場の花嫁










「一体、なんなの?」


カレン以下、黒の騎士団の溜息が戦場に満ちた。




リクエスト内容:記憶喪失ルルがジノに拾われてジノvsスザク
スイマセン、↑かなり要点だけになりましたwww
・・・ってか長っ!
いろいろやってたら終わらなくなってここまできましたが、結局カレンは乱入できず仕舞いになってしまいましたー^^
りささま、ありがとうございます・・・そしてごめんなさい^ρ^