「ゼロは俺たちを利用した!」

「ゼロは奇跡なんか起こさなかった!」

「ゼロは俺たちのことを捨て駒くらいにしか思ってない、ただのペテン師だ!」


次々と浴びせられる罵倒に、『ゼロ』はその仮面の下で目を細めた。

築き上げたものはよっぽどギリギリのバランスで保たれていたらしい。

ほんの少し息を吹きかけただけで簡単に崩れてしまうような危うさをもった組織。

そして今まさにそれは崩れた。

音を立てるわけでもなく、ただ静かに。

溜息を一つ吐いた。

これで終わりだ。

『ゼロ』は仮面を外す。

外気に晒された顔が涼しい。

纏わりつく髪を払って、口元を覆うマスクをずり下げた。


「・・・ルルーシュ」


呟いたのは誰だったか。

そう考えて、やがてそれが紅の騎士の声であることに気付く。


「カレン」

「答えてルルーシュ。あなたにとって、私は何?あなたとなら・・・」


彼女を巻き込むことを、アレはよく思わないかもしれないな。

そんなことをぼんやりと考えて『ゼロ』は哂った。


「カレン、君は特別優秀な駒だったよ。」

「・・・あなたは、何の為に闘っていたの?」

「分かりきったことを聞くな。日本の為などではない。ただ、私の大切な存在を守る為だけにお前達を利用しただけだ。」

「ナナリーがそんなことを望んでいたと思うかい?」


『ナナリー』という名前を聞いて、『ゼロ』は哂った。

一生勘違いしたままでいればいい。


「それは貴方には関係の無いことですよ、シュナイゼル兄上・・・いや、『私』が貴方を兄と呼ぶのはおかしいか。」

「君は私の大切な弟だよルルーシュ。それ故に私がこの手で君を罰してあげるんだ。」

「その驕りは身を滅ぼしますよ。」

「肝に銘じておこう。」


すっとシュナイゼルが片手を上げた。

そしてそれが振り下ろされたとき、耳を劈くような発砲音が倉庫内に響く。

パンッと銃声が鳴るたびに、身体のどこからか血液が噴出す。

衝撃に耐え切れなくなっていく身体は翻弄され、やがて立っているのもやっとな程にまで達する。

むしろこの状態で立っている自分を褒めてやりたい気分だった。

はは、と笑いが毀れる。

軋む腕を動かしてマントを外し、服の胸元を寛げた。

口の中で溢れた血を吐き出しながら、それでも『ゼロ』は不適に哂う。


「私の、心臓が、止まると同時・・・に、爆発する。命が惜しくば、ここから離れる・・・ことだ。」


胸元で光るのは何かの機械。

ディートハルトが目を見張って叫んだ。


「流体サクラダイトを・・・流石、ゼロですね。」


団員たちが挙って逃げ出す。

シュナイゼルもカノンの誘導でその場から離れた。

カレンは扇に手を引かれていくが、視線だけは未練を残したように『ゼロ』に向けたままだった。

やがて一人残された倉庫で、ゼロはドサッと倒れこんだ。

咳き込むたびに口から溢れるのは赤い液体で、それが何とも煩わしい。

霞む視界の中、『ゼロ』は静かに呟いた。


「お前、も・・・早く、逃げ・・・」

「どうせ、嘘なんでしょう?」


涙を浮かべながらロロは一人立っていた。

ゆっくりとゼロの傍に歩み寄って、そしてしゃがむ。

『ゼロ』は満足そうに微笑んだ。


「最後の大嘘も、あいつらには見破られ、なかった・・・な」


懇親の力で胸から流体サクラダイトを剥ぎ取って棄てる。

呼吸をするたびに肺がヒューヒューと音を立てる。

まるで悲鳴だ。


「貴方は、それでいいんですか。」


唇を噛み締めるロロの頬に、『ゼロ』は手を添えた。

それが答えだと悟ったロロはその手を握って空いたほうの手で涙を拭う。

ゆっくりと瞼を下ろしながら、ゼロは慈しむ様に言葉を放った。


「るるー、しゅ」




















ぼんやりとした視界に何かが映る。

ぶれたピントを合わせていくように目を細めたりして、やがて見えたものに苦笑した。


「まさ、か・・・天国にいけると、は・・・思わなかった。」


見えた姿はまるで天使。

幸せすぎて天にも召される気分・・・というか既に召された後。

そんなツッコミを自分自身に入れているその最中に、思い切り頬を抓られた。

あまりの痛みに目を見開く。

そこには白い服を纏った天使、もとい何よりも大切な存在。

己を迎えに来た天使が、愛しい人物の姿をとっているなんて。


「ずいぶん・・・サービスがいい、な・・・」

「いい加減にしろこの馬鹿ゼロが!」

「・・・ルルーシュ?」


ゼロは痛みに顔を顰めながらも周囲を見回す。

豪華な調度品と装飾の部屋。

自分が眠っているのは天蓋のついた白いシーツのベッド。

やっと己が生きているのだということを悟ったゼロは目を剥いて、信じられないといった風にルルーシュを見た。


「ロロが瀕死のお前を連れてきた。」

「ロロ・・・が?じゃあロロもここに・・・」

「・・・ロロは、死んだよ。お前流体サクラダイトを爆発させるって嘘を吐いたんだろう?あの後ロロがあそこを爆破してお前が死んだように欺き、蜃気楼を奪取した。その追撃を振り切る為にギアスを使いすぎて・・・心臓が止まったロロとお前を、後から事態を知ったらしいジェレミアが連れてきた。」


うっすらと涙を浮かべているルルーシュに、ゼロも唇を噛み締めた。

それから立ち上がったルルーシュはゼロに背を向けて、部屋を出て行こうとする。

それをゼロは慌てて呼び止めたのだが、ルルーシュは振り向かなかった。


「ルルーシュ?」

「俺は・・・怒っているんだからな。」


苦しげに呻くようだった。


「死ぬなんて・・・ただ死のうとするなんて許さない。」

「・・・私の存在が消えたほうが、お前が活動しやすいだろう。」


全ては計画。

ルルーシュは纏っている、装飾のたくさんついた衣装もそのためのもの。


「・・・次、そんなこと、言ったら」

「・・・すまなかった。」


ルルーシュはそのままマントを翻して部屋を出て行ってしまった。

ゼロは一息ついてぼんやりと天井を見つめる。

よく生きていたものだと、自嘲した。




















ルルーシュは椅子にゆったりと腰掛けていた。

傍らにはスザクが。

何処の椅子に腰掛けているのかといえば、アッシュフォード学園の教室の椅子だ。

机に肘をついて至極つまらなそうにしているルルーシュは、目の前に整列した者達を一瞥した。


「それで、私に何のご用ですか?こういった非公式な会談はご遠慮願いたいのですが。」

「お前は何故生きている!!?」


声を荒げたのは扇だった。

黒の騎士団の幹部が勢ぞろいでルルーシュを睨み付けているのだが、ただ一人神楽耶だけが冷静だった。


「私が生きている・・・それは一体どのような意味で?」

「ふざけるな!」

「ふざけてなどいませんよ。私には死んだという事実も死ぬ予定もありません。」

「貴様はこの手で殺したはずだ!『ゼロ』!」


ぴくり、と。

ルルーシュの片眉が跳ねた。

スザクは気遣うようにルルーシュを見るのだが、それはルルーシュの手によって制された。


「そういえば貴方方のリーダーであるゼロは亡くなられたのでしたね。」

「ゼロはお前だろう!」

「私が、ゼロ?私は生きています。貴方方が殺したゼロではないのでは?」

「言葉遊びをするつもりはありませんわ。」

「私もですよ、神楽耶様。皇帝というのはそんなに暇なものでもありません。」


ルルーシュは静かに立ち上がった。


「お前は俺達を利用したっ・・・ギアスなんていう訳の分からない力で俺達を弄んで・・・!」

「それが?」

「それがって・・・」

「まず最初に言っておかなければいけないことは一つ。私は貴方たちの指導者ではない。」


ルルーシュが一歩歩いた。

一斉に銃が向けられ、それを庇うかのように剣の柄に手をかけたスザクが立ちふさがる。


「ただ奇跡の男『ゼロ』が死んだ時の状況は聞き及んでいる。思うことを言っても?」

「・・・構いませんわ。」

「ゼロに利用された、とお前達は言った。ただそれはお前達にも言えることだ。ゼロが異能を宿していたから何だ。今までの功績はゼロ無しでは在り得なかった。だったらその功績はお前たちが異能ごとゼロを『利用した』結果だ。そもそも日本人ではなかったゼロが何故お前達に協力したと思う?利害が一致したからだ。利害の一致ということはその時点でお互いがお互いを利用し一つの結果を成し遂げるということ・・・それが何故分からない?」


穏やかだった口調は一変し、ルルーシュの瞳には憎悪が篭る。


「裏切られた?それは一度も人を裏切ったことのない者が言える言葉だ。ゼロを裏切った瞬間、お前達は『裏切られた』という言葉を使用する権利を失った。」

「・・・ルルーシュは俺達を捨て駒にっ」


不自然に途切れた扇の言葉。

扇の目には剣の切っ先が向けられている。

スザクは冷めた目で剣を構えていた。


「一つ、いいことを教えてやる。勿論他言無用だ。口外した場合はとある『島国』が地図から消えると思え。」


ルルーシュはスザクに声をかけた。

スザクは黙って剣を引き、ルルーシュの足下に跪く。

それでほんの少しだけ緊張を解いた扇に、ルルーシュは微笑んだ。


「お前達を裏切り、そしてお前達に裏切られたのは『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』ではない。本物の『ルルーシュ』はこの私。そして・・・あれは『ゼロ』・・・ブリタニア皇族の系図にその名を残さない、私の双子の兄だ。」

「陛下・・・」

「別に構わないだろう。ああ、そうだスザク。私は今いい事を思いついた。そこにいる黒の騎士団の皆様に日本を返してやろう。」

「・・・っ!」

「その代わりお前達はその命をブリタニアに捧げてもらう。たったそれだけの人数の命で多くの日本人が救われるんだ。いい条件だろう?」

「あなたはっ・・・!」


神楽耶の瞳に浮かんでいた涙が零れ落ちた。


「扇、シュナイゼルに言ったそうだな。ゼロを売り渡す代わりに日本を返せと。信じた仲間を裏切るのだからせめて取り返さないと自分が許せないと。私も同じだよ。私の大切な『ゼロ』を傷つけたお前達に日本を返してやるのだから、それくらいしないと『自分が許せない』。」



その場に崩れ落ちた神楽耶と扇を、ルルーシュは愉快そうに見下した。





漆黒狂想曲








リクエスト内容:騎士団に追われてる最中に怪我をしたゼロにルルの怒り大爆発で、賢帝になった後騎士団イジメ
とりあえず賢帝と指定をいただいたのにこれではまるで悪逆皇帝です^^
タイトルは「しっこくかぷりっちお」と読みます。
同日UPの「漆黒輪舞曲」と内容が若干被ってしまったので、もういっそタイトルも被らせてしまえという私の暴挙でした^^
いつもゼロルルを書いてて思いますが、私の書くゼロルルのゼロは別にナナリーが嫌いなわけではありません。
空色さま、こんなものでスイマセン!