外郭に穴の開いた護送艦の内部を強い風が吹き荒れる。

ランスロットの手でしっかりとナナリーを抱えあげたスザクは、視界の隅で風に翻弄されている黒の塊を見た。

細い身体は風に煽られ、壁に容赦なく叩きつけられる。

倒れこんだ彼の身体の上に崩れた瓦礫が降り注いで、ああもう駄目だろうな、なんて釈然としない感想が浮かんだ。

これで彼は間違いなく死ぬ。

国家に反逆するテロリストが死ねば、世界に平和が訪れる。

そう信じてやまなかったからこそ引き金を引いた。

ルルーシュ。

あの仮面の下はきっと彼。

大切な妹を取り戻せなかった無念を抱いて、彼は逝くのだ。

そう結論が出た時、胸がどうしようも無く痛くなった。


(くそっ・・・なんで、こんなにも・・・!)


視界がぼやける意味が分からない。

目の奥が暑くなる理由も、喉が渇く理由も。

何もかもが分からない。


『スザク、さん?』

「な、んでもないよ、ナナリー。」


怪訝そうに眉を寄せた彼女がモニタに映る。

彼女の目が見えなくてよかったと、不謹慎にも思ってしまった。

そして今彼女を抱きしめているのが自分の手ではなくて機械の腕であるということにも感謝した。

聡い彼女には、この目に見えた動揺が知られてしまうかもしれないから。

片方の手でナナリーを抱えて、もう片方の手に血に塗れた塊を乗せた。


割れた仮面から覗くのはやはり見慣れたはずの黒髪で、ははっという乾いた笑いが口から漏れた。














「うっ・・・ぐ・・・」


曖昧な感覚の中、確かに響いた痛みに呻いたルルーシュは、閉じたままだった瞳をゆるゆると開いた。

視界はぼやけているが、きっと目に何も映らないのは別の理由だ。

片方の目は完全に何かで覆われていて、真っ暗。

もう片方の目はそういう邪魔なものは無いが、そもそも部屋自体が暗いらしい。

覆われた方は右目だ。

ギアスの宿る左目にコンタクトがついているかどうかはイマイチ分からない。

身を捩ってみるとあまりの痛みに呻いた。

息が詰まる。

苦しくて口をぱくぱくと開閉させてみても、傷む肺の前には満足に息を吸う事すらできない。


「はっ・・・あ・・・がッ・・・」


苦しい。

酸素が足りない。

目の前が一層暗くなる。

痛みからして大怪我を追っているのだろうが、大怪我で死ぬのではなく呼吸困難で命を落としてしまいそうだ。

痛い。

苦しい。

生理的な涙が浮かんで、思考がどんどん纏まらなくなっていく。

その時、口元に何かが押し当てられた。

流れ込んでくるのは酸素か。

しばらくそうされている内に苦しさが治まってくるのを感じながらルルーシュは視線をめぐらす。

医療用の酸素マスク。

それを己の口元に押さえつけている手。

その手に、見覚えがあって。

ルルーシュは絶望した。


「・・・っ・・・ざ・・・く」

「黙って。」


声を発するだけでも気が遠くなるような痛みが押し寄せて、ルルーシュは目を見開いた。

もういっそこのまま死んでしまってもいいなんて思ってしまう痛み。

しかしそれを許さないかのように、酸素マスクはずっとそこにある。

酸素マスクが外れないように押さえつける手がずっとそこにある。

やがて遠のく意識の中、ルルーシュは片目だけで泣きそうなスザクの顔を見た気がした。















痛くて、苦しくて、声がまともに出せない日々が三日ほど続いた。

まるで拷問のようだった。

食事らしいものは点滴で与えられ、恐らく排泄行為も管理されている。

身体は痛み半分拘束半分で身動き一つ取れない。

右目は恐ろしいほど何の感覚も無くて、痛みが無いのはありがたかったが逆に少しだけ怖かった。

甲斐甲斐しく世話を焼くスザクの真意を問いただしたくても、口を開けば訪れるであろう激痛につい臆してしまって、それも叶う事無く数日が過ぎてしまったのだ。

四日目の朝、やっとひねり出したような醜い声だけを発することが出来た。


「な・・・ぜ・・・」


掠れた声は恐らく経口で水分をろくに摂取していないからだろう。

そんな声をかけられた相手であるスザクはどこまでも冷めた瞳で、見下すようにルルーシュを見ている。


「君はあの護送艦の中で風に飛ばされたあと、瓦礫の下敷きになった。肋骨はほぼ全滅。右目は割れた仮面の破片が刺さって失明。感覚無いだろう?よくショック死しなかったね。」

「そ・・・じゃ、な・・・い」


ひゅっと喉が鳴った。

右目は失明、そう告げられてもショックを受ける暇なんて無いくらい、目の前に彼がいるという状況が信じられなかった。

スザクはルルーシュがゼロだと知った上で、そのゼロを瓦礫の中から救い出し、治療して。

どんな他意があるにしろ今この瞬間は匿っているのだ。


「な、ぜ・・・ころさ・・・な・・・」

「今すぐ殺して欲しいの?」

「お、まえ・・・はッ・・・」


憎いはずだ。

国家を乱す反逆者が。

主を殺した親友が。

憎くて憎くて、殺したくてたまらないはずなのに。

動揺に揺れるルルーシュの瞳で何かを感じ取ったらしいスザクは、一度言葉を呑み込むような仕草をした後、目を細めた。


「殺してなんかあげない。君の、思い通りになんかさせないよ。」


そう静かに呟いて、スザクは立ち上がった。

ルルーシュの視線が追うその先で、スザクは点滴の残量をチェックし、心電図や血圧をチェックして。

濡れたタオルでルルーシュの顔を拭いた後、嘲笑うようにスザクは言った。


「動けるようになったら逃げることだ。僕に殺されたくないのなら。」


ルルーシュが目を剥いた。

スザクの手がその目に触れる。

撫でてくる指に瞼が下りて、その瞼の上を指の腹が滑った後、また瞼が開いて。

もう一度ルルーシュがスザクを見たとき。

スザクは静かに涙を流していた。


「潰れたのが、こっちの目ならよかったのに。」


紋章のある赤い瞳が、自嘲気味に笑うスザクだけを捉えていた。

ギアスを失ったところでもう後戻りは出来ない。

そんな本心は、今だけは胸の中にしまっておいた。





僕を殺す矛盾−俺を生かす矛盾





リクエスト内容:『R2本編沿いのどこかで、大けがしたゼロ(ルルーシュ)をスザクが匿い介抱するお話』
シリアスですいません!
そして短くてすいません・・・!
短く纏まったのは私が上手く纏めれた成果なんですが(纏まらないと意味も無くズルズルと長い)、正直読み応えが無さ過ぎですorz
エゾラーさま、こんなので申し訳アリマセン><;
リクエストありがとうございました!