ルルーシュは走っていた。


ジャンル外である運動を率先してやっているわけではない。

ただ、走らなければならない。

例え肺が悲鳴を上げようと、視界が霞もうと。

立ち止まったら最後。

それが分かっているからこそ足を休めるわけにはいかない。

影武者である咲世子と入れ替わるポイントである図書室はまだ先。

己の体力のなさをつくづく呪った。

校庭まで走ったルルーシュは人気がないことを確認すると、木に手を付いて荒い呼吸を整えようと深呼吸をする。

全く、何故こんなことに。

まぁ何故と聞かれれば最後のモラトリアムを盛大に楽しみたいというお祭り大好き会長ミレイ・アッシュフォードのせいだと答えるしかない。

アッシュフォード家は元々ルルーシュやナナリーの後見を務めてくれた。

それにはとても感謝しているから、記憶を失っているとしても彼女には恩がある。

借りはきちんと返さないと気がすまない性分故に、最後くらいは乗ってやってもいいか、と思ってしまったのが運のツキ・・・むしろ過ち。

さて、どうするか。

ぐるりと周囲を見渡して、ルルーシュは対策を練る。

今は周囲に人の気配がないとはいえ、ここから動けば明らかにまずい。

だからといってずっとこの場にいるのも上策ではない。

おまけにミレイが『ルルーシュの帽子を持ってくれば部費優遇』なんて事を言ってくれたお陰で、一人VS全校生徒のような状況だ。

見つかるのも時間の問題。

図書室までのルートは15通り。

その中から一番人が少なそうなルートを絞り込んでいく。



「・・・駄目だ!」


どのルートにも例外なく人がいそうだ。

体力がない分頭脳を駆使して逃げなくてはいけないがそれにも限界がある。




どうする、俺!




頭を抱えて、ルルーシュは木陰にしゃがみ込んだ。




「助けてやろうか?」




頭上から声が降ってくる。

女性の声。

マズイ、と一瞬思い、それから「ん?」と首を傾げた。

今の声に聞き覚えはないか。



・・・ある。



しかしこの場でその声を聞いたとしたら非常にマズイ。

マズイことだらけだ。

頭上を見たいようで見たくない。

ぎこちない動作で見上げたそこに、明らかに植物とはかけ離れた緑があった。


「C.C.・・・」

「やぁ、ルルーシュ。」

「やぁ・・・じゃない!何故お前がここに!」


木の太目の枝に跨っていたC.C.はひょいと飛んでルルーシュの前に降り立った。

アッシュフォード学園の女子生徒の制服を纏ったC.C.はご丁寧にも頭にピンクのハート型の帽子を乗せている。

どこから調達したのだろうか。

じっと見つめれば、彼女の口元が弧を描く。


「お姫様を助けるのは王子様の役目だろう?」

「誰が姫だ!」

「お前以外にいないだろう。」


何故女のお前に男の俺が姫と呼ばれなくてはならない!!

そう叫ぶと静かに「見つかるぞ」と諭され、ルルーシュは唇を噛んだ。


「ピザ一枚で手を打とう。」

ルルーシュは瞠目した。

「・・・いやに少ないな。」

「ただしお前の手作りだ。」


ルルーシュは黙り込んだ。

ピザは作れないわけではない。

むしろ金銭面のことを考えると、普段配達で10枚以上ピザを頼むことを考えれば、自分で材料を買ったほうが遥かに経済的でもある。

何より一枚でいいと、彼女は言うのだ。

乗らない理由はない。

しかし。


「お前・・・熱でもあるんじゃないのか?」


厚めの前髪を掻き分けて、コードの紋章がある額に手のひらを添える。

至って良好。

謎が更に深まる。

C.C.が自分の額に添えられていたルルーシュの手を、その腕を掴んで離す。


「作れないのか?」

「作れるに決まっているだろう。だが・・・その、一枚でいいというのはお前らしくないと・・・」

「何だ、たくさん作ってくれるのか。」

「作らん!」


C.C.は微笑んだ。


「お前の作るピザなんだ。『量より質』だろう?」


ルルーシュが何か言う前にC.C.はルルーシュの手を引いて走り出した。

ほあぁあ!?と声を上げたルルーシュはまるで引っ張られ、そのスピードに翻弄される。

あっという間に校庭を駆け抜けて、拓けた視界には大勢の生徒。


「副会長発見!!!」


誰かが叫ぶ。


「お、い!C.C.、ちょ・・・待て・・・!!」

「んー?」


息も絶え絶えなルルーシュとは対照的に、C.C.の呼吸は全く乱れていなかった。


「人、が・・・多すぎ、る!!もっと人気の、すくな・・・ところに・・・」

「多くなければ意味がない。」


C.C.とルルーシュを取り囲むように学生が終結する。

満足そうに微笑んで、C.C.は自分の帽子に手を掛けた。

ゆっくりとした動作で、ルルーシュの青い帽子と取り替える。

何故か手が出せず、呆然と見つめるだけの学生達。

C.C.は胸を張った。


「コレは『俺の嫁』だ!」

高らかに宣言したC.C.の隣でルルーシュは「ほぁ!?」と声を上げる。


「な、なんだ!俺の嫁って!!」

「日本人の文化では気に入ったキャラを嫁と称するらしいぞ。」

「余計な入れ知恵をするな!」


「待てーい!!」



乱入する声。

それはミレイだ。

その後ろにはシャーリーもリヴァルもいる。

C.C.がめんどくさそうに視線を送った。


「なんだ。」

「どこの馬の骨とも分からない女にルルちゃんは渡しません!」


馬の骨どうこうの前にアッシュフォード学園の生徒ではない。

それが分かって言っているのか、それともお得意のノリなのかはルルーシュには分からない。


「そ、そうよ!ルルの帽子は私も欲しい・・・!」

「悪いルルーシュ・・・俺は愛に生きたいんだ・・・」


どうやらリヴァルはミレイの為にルルーシュの帽子を狙っているらしい。


「私はルルちゃんの今日のビキニパンツが何色かまで知っている仲よ!」


ルルーシュがほぅあ!?と声を上げた。


「何で会長がそんなことまで知っているんです!?」

「ルルちゃんウォッチングは私の日課だもの。いいじゃない、シャーリーみたいに写真隠し撮りしてるわけじゃないんだから。」

「シャーリー・・・」

「ちがっちがうの!ルルを見かけるといつの間にか手にカメラを持ってて!それでルルが何か仕草したりすると勝手にシャッター押しちゃうっていうか!」


『監視』されているのは秘密情報局からだけではなかったということか。

ルルーシュはちょっと泣きたくなった。

プライベートが何故ここまで侵害されなければならない?

許されるのならこの場で叫びたい気分だった。


「青いな。」


唐突に口を開いたのはC.C.だった。

慌ててその口を塞ごうとしたルルーシュの手はC.C.によって捻り上げられ、背中に固定される。

C.C.は妖しく嗤った。


「私は将来を誓い合った中だ。コイツの童貞も処女も私が美味しく頂く。勿論この帽子もだ。」

「ほぁ!?おまっ・・・なんて事を!はしたない!下品な発言は慎めと常日頃言っているだろう!」

「煩いぞ童貞坊や。お前は私の下で喘いでいればいい。」

「なッ・・・ぁっ・・・!!」


C.C.がルルーシュの尻を掴んだ。

ルルーシュが顔を赤らめる。

女子生徒も同じように顔を赤らめて「キャー!」と叫びながら散り散りに走っていく。

男子生徒は動かなくなるか、前屈みに。


「はッ・・・容易いな。」


結局多くの女子生徒の恋心とその他多くの生徒の部費がかかったルルーシュの帽子は謎の女に奪われ。

シャーリーは涙目で肩を落とし、ロロはC.C.を睨みつけ、ミレイは小さくため息を吐いた後閉会を宣言した。

学園におけるルルーシュを見る目は実に様々になった。

人格破綻者として名を馳せるのは時間の問題か、とルルーシュは涙目。

報酬のピザはC.C.のリクエストを取り入れているうちに材料費が度を越えてしまい、普段のなんら代わりのないものとなった。








ルルーシュの災難とC.C.の快哉










最後のほうに取って付けたように生徒会メンバーが出てくるのは、書き終わるまで生徒会メンバーを出していないことに気がつかなかったからです←
『快哉』は・・・痛快みたいなニュアンスで。
リクエストありがとうございました!