「ねー皆。なんか可愛い子捕まえちゃったんだけど。」


朝比奈のユルそうな声が響いたのはある日の昼下がり。

横抱きに抱えた人物を見て、集まってきた団員は瞠目した。

漆のような黒髪。

白い肌は透き通るようで、目は硬く閉じられているものの、眺めの睫が影を落としていた。

少し苦しげに眉を顰めているその人物は少し呻きながら身を捩る。


「おい、朝比奈。拾った場所に戻してこい。」

「一応人間なんだからさ、拾った猫みたいに言うのやめてあげなよ。」

「しかし綺麗な女だなー!」


玉城が頬を染めながら身を乗り出してくる。

それを避けるように朝比奈は身を翻した。


「それがさ、女性だと思ってたんだけど。」

「・・・違うのか?」

「抱えてみたら、男だったんだよね。女性みたいに軽いけど。」

「そもそも何でそんなシチュエーションになったんだ。」


朝比奈は抱えている男性と出会った時のことを語りだした。

今の本拠地である中華連邦、朱禁城。

その周りの警護の見回りをしていたときだった。

彼がうろうろと彷徨っていたのだ。

見たところ彼はブリタニア人。

それが、黒の騎士団の拠点である朱禁城の付近を。

声をかけた。

彼は怯えた様子で呟いたのだ。



『ここは・・・俺は・・・誰・・・?』




「じゃあそいつ、記憶喪失なのか?」

「確かめようとしたら急に頭抱えて苦しみだして。そのまま気を失っちゃったワケ。」


そのまま置き去りにしていくのも後味が悪く、連れ込んでみたのだが。


「藤堂さんに怒られちゃうかなぁ・・・」

「お前たち、何をしている。」


現れたのはゼロの愛人と専らの噂のC.C.。

そしてカレンだ。

二人は騒ぎを聞きつけてやってきたのだが、朝比奈が抱えている人物を見て目を見開いた。


「ルッ・・・!!!」


カレンが思わず叫びそうになって、慌てて自分の手で自分の口を塞ぐ。

C.C.は黙って近寄り、彼の頬をペチペチと叩いた。


「おい・・・おい、何をやっている。馬鹿が。」

「ん・・・う・・・」

「起きろこの童貞坊やが。」

「え、この子童貞なの?」


何でそんなこと知ってるのさ。

そう聞いた朝比奈の言葉を完全無視し、C.C.は彼の頬を叩き続けた。

やがて硬く閉じられたままだった瞼が震えた。

顕れたのは、どんな宝石にも引けを取らない輝きのアメジスト。

彼は何回か瞬きをし、今自分がどういう体勢で、誰に抱えられているかを順に整理し、最終的に「ほぁあ!?」と叫んだ。


「全くお前は・・・何をやって・・・」

「あの、どちらさま、でしょうか。」

「「は?」」


声をはもらせたのは勿論C.C.とカレン。


「ルルーシュ!アンタッ・・・」

「え、この子ルルーシュっていうの?紅月、知り合い?」

「あ、その・・・」

「コイツはルルーシュ。ブリタニアの学生だがゼロ派で、今回ゼロによって認められた料理の腕を騎士団の為に振るってくれることになっていた。」


咄嗟に機転を利かせたC.C.は適当な設定をつけた。

余りにも適当すぎる。

当然団員たちは顔を見合わせて、口々に「ありえない」と言った。

ブリタニア人が、祖国の敵に料理を振舞うなど。

毒でも盛られた日には冗談では済まされない。


「カレン」


C.C.が静かに名前を呼んだ。

びくりと大きく震えたカレンはC.C.に睨まれ、あー・・・と言いながら視線を泳がす。


「ルルーシュ、は・・・私が通ってた学園の副会長なの。確かに普段からブリタニアを憎んでいた節が・・・あった?あ、でもすごい料理は美味しいのよ!!」


お世辞でもなんでもなく、ルルーシュが作り出す料理は素晴らしく美味だった。

色合い、栄養バランス、食べ合わせ。

それを全て重視した完璧な手料理。


「だ、だから別に彼は私達に何も・・・」

「そんなわけだ。よろしく頼む。」



C.C.は強引にルルーシュの手を引き、ルルーシュはそれになすすべなく引きずられていった。

















数時間後。

朱禁城の中は芳しい香りに包まれていた。


「お前が料理の仕方まで忘れていなくて助かったよ。」


C.C.は静かにため息を吐いた。

自分の名前すら覚えていないルルーシュ。

しかし料理などの家事全般はどうやら身体が記憶しているらしく、料理をする分にはなんら支障がなかった。

咄嗟にゼロが採用した専属コックなどという見え透いた嘘を吐いてしまったが、何とかなりそうだ。


「おーい、なんかすげぇ匂いが・・・お。」


厨房にひょっこり顔を出した玉城は、エプロンをして鍋の中の具材を撹拌していたルルーシュは少し肩を震わせて、やがてふわりと微笑んだ。

それに玉城が頬を染めたのに気づいたのはC.C.のみ。


「すいません、もうすぐ出来ますから。」

「お、おう・・・」


またルルーシュが着用しているエプロンがピンク(フリル付)なものだから、なんというか。





新妻に見えて仕方がない。





あれよあれよと団員が集まってきて、ついには全員で食事の用意を始めた。


「えっと・・・玉城さんはそこのお皿を取ってもらえますか。」

「おうよ!」

「千葉さんと朝比奈さんは全員分の箸を並べてくれると助かるんですが。」

「「承知!」」

「扇さん、星刻さんと天子様を呼んできていただけますか。」

「わ、わかった。」

「ディートハルトさんはその他の団員の方達を集めてください。」

「カオス!」

「・・・カオス?えーっと、あとは・・・あッ玉城さんそれは!」

「うわっ!あっちぃーーー!!!」


丁度クッキングヒーターの近くにあった皿は熱せられ、気付かずに触れた玉城は飛び上がった。

慌ててルルーシュが玉城の腕を掴み、水道で大量の水をだして手を冷やしてやる。

玉城は火傷の痛みどころではなかった。

心臓が大きく脈打つ。

呼吸が苦しくて、玉城は慌てて手を振りほどいた。


「あ、わりぃ!もう大丈夫だから!」

「駄目です。じゃあしばらくはそこで冷やしていてくださいね。」


ルルーシュはふんわりと微笑んで、それにはその場にいた全員が顔を赤らめた。

それを気にする事無くルルーシュは作業を再開し、次々と料理を完成させていく。

出来上がった料理の殆どは日本食だ。

ブリタニアや中華連邦に合わせたものも作ろうとしたのだが、目の前の美味しそうな日本食で十分だと丁重に言い宥められた。

茶碗に白米を盛り、それをバケツリレーかの如く人伝いに回してテーブルに並べていく。


「完成です・・・!」


見事な、豪華な食卓。

一流料亭にも引けを取らない料理の数々。

その日団員全員が涙を流しながら作られた料理を平らげた。

それから数日間、そういえば最近ゼロいないねーという話題が上がる隙がないほど、食事の時間が歓喜に湧くこととなった。












ちょっと待て。



ルルーシュは包丁を手にしたまま固まっていた。

何故自分が、キッチンにピンクのエプロンをつけて、包丁を握っているのか。

それが一瞬分からなくなる。

明らかにここは朱禁城の厨房だ。

表立って使用したことはないが、存在を確認したことはある。

記憶が、目の前の風景が紛う事無く朱禁城の厨房であることを裏付けてくれる。

だらだらと、自分でも面白いと感じるぐらい汗が流れた。


「おーいルルーシュ!何か手伝うことあるかー?」


現れたのは玉城だ。

少し頬を赤く染めた玉城は意気揚々と厨房に入ってくる。

全くもってワケが分からない。

何故玉城が自分のことを『ルルーシュ』と呼び、何の違和感もなく接してくるのか。

思わず一歩下がったルルーシュの背に何かがぶつかる。

ひっ!っと引き攣ったような声が漏れた。

後ろに立っていたのはC.C.で、ぶつかってきたルルーシュを恨めしそうに睨んでいた。

さっとC.C.の後ろに回り、その耳元で焦ったように囁く。


『おい、C.C.!これはどういうことだ!!』

「なんだ、お前。戻ったのか。」


少しつまらなそうにC.C.はため息をついた。

そして少し背伸びをして、ルルーシュの耳に口を近づける。


『玉城は、お前にホの字なんだ。』

「ほぁああ!?」


ルルーシュは手に持ったままだった包丁を地に落とした。

非常に危ない。

馬鹿が、と呟きながらC.C.が包丁を拾い上げたときには、既にルルーシュは逃げた後だった。






謎のコック現る!










謎の美形学生が突如姿を消したのは、彼が黒の騎士団に拾われてから丁度7日目のことだった。


「えー!!!ルルーシュ解雇って一体どういうことだよ!!!」

「いや、彼は・・・試験勉強が忙しいらしくてな。」


まさかルルーシュが道端の石に躓いて転んで頭を打って記憶を無くした『ゼロ』だったとは、口が裂けても言えない。





ルルーシュ記憶喪失でお送りしました(笑)
コンセプトは「古きよき時代の新妻」←意味不明
こんなものでよろしいでしょうか・・・
リクエストありがとうございました!