足りない。



C.C.は他に誰もいないゼロの私室で静かにそう呟いた。

日々生活を送るためのいくつかの動力源の中で、圧倒的に足りていないものがある。

ピザでもなく、チーズ君でもない。

それらも必要なのだが、今足りていないのはそれらではない。



足りない。



もう一度そう呟いたC.C.は落ち着かない様子で立ち上がり、ゼロの私室を抜け出した。

向かうのはカレンの私室。

部屋の主はいない。

これ幸いとばかりにクローゼットを漁り、目当てのものを見つけるとC.C.は満足げに微笑んだ。


























ゼロことルルーシュ・ランペルージは焦っていた。



「何故だ・・・何故こんなことになる・・・!?」




全力で手を動かしているのに、増えていくばかりなのだ。

目の前の、書類の山が。

アッシュフォード学園、ナイトオブセブン枢木スザク復学歓迎会。

リベンジとなった巨大ピザ製作がまたも失敗に終わり、学園の予算に大きな損害が生じた。

予算管理は全て生徒会の仕事。

しかし予算管理のような未来を見越した緻密な計算が可能なのは、生徒会役員の中では副会長のルルーシュのみ。

よって全ての事務処理がルルーシュに回ってきて、ルルーシュは生徒会室に缶詰状態だった。


「ごめんねぇ、ルルちゃん。私たちが何かできればいいんだけど。」

「会長たちがやってもミスが目立って、結局は俺が全部やり直さなきゃいけないんですから同じ事です。」

「いやぁ〜面目ない!悪いわね!」

「・・・悪いと思ってないでしょう。」



別に怒っているわけではない。

予算の計算は元々自分の仕事だと思っているから、今更量が増えただけで文句を言うつもりもない。

ここ暫く黒の騎士団に顔を出せていないのは気がかりだが、あちらには星刻という優秀な司令官もいる。

どうにかなるはずだ。

ただ。

作業が思うように進まない原因がある。

その原因に対しては若干の怒りを覚えていた。



「ルルーシュ先輩っ!」



・・・来た。



げんなりと心の中で呟いたルルーシュは、首の辺りに巻きついた人の腕を煩わしそうに払う。

もとい、払おうとして力負けし、結局払うことが出来ない。


「・・・ヴァインベルグ卿。何度言ったら分かるんです。俺は今予算の組み直しで忙しいんですよ。」


邪魔しないでいただきたい。

そう続ければ、今度はわき腹の辺りに別の感触。


「・・・アールストレイム卿も。いい加減にしてください。」


天下のラウンズ様はどうしてこうも人にくっ付きたがるのか。

ルルーシュだから、という理由をジノとアーニャは持っているのだがルルーシュは知るはずも無い。


「もー先輩、ジノって呼んでよー。」

「アーニャ、がいい・・・。」

「悪ふざけはよしてください。とにかく今俺は忙しいんです。そもそも今授業中でしょう。」

「ルルーシュ先輩だってサボってるじゃないか。」

「予算案をどうにかしないと学園が潰れますから、教師陣は認めてくれています。」

「・・・会長は。」

「会長も早く授業に戻ってください。また留年しますよ。」

「あら、私はちゃんと単位計算してるもの。へーきよ!」


ジノとアーニャをなんとか丸め込んで教室に返し、作業を再開させる。

あの二人はいつもルルーシュに抱きつき、作業を中断させるのだ。

ミレイはルルーシュを気遣って紅茶を入れるために生徒会室を後にした。

室内が静寂に包まれる。

これで目先の作業に専念できるというものだ。

小さく息を吐いてペンを握りなおした。

しかしそれからすぐにまた生徒会室の扉が開く。

随分早くミレイが帰ってきたものだ・・・と扉のほうに目をやったルルーシュはそのままペンを取り落とした。

あまりの驚きに息を吸い込みすぎて、喉がヒュッと音を立てた。



「お前ッ・・・!」

「わざわざ来てやったぞ、ルルーシュ。」

「何しにっ・・・っていうかどうやってここに・・・!」


中華連邦にいるはずのC.C.がそこにいた。

C.C.は愚問だ・・・と鼻で笑う。


「私を舐めるな。何せ私はC.C.だぞ?」

「意味が分からん!」


とにかく、彼女を隠さなければ。

ルルーシュはC.C.の腕を掴んで生徒会室を飛び出した。

校庭を駆けていく様を校舎内から見ている人物がいることに、ルルーシュは気づくことができなかった。

人気のない裏庭にC.C.を引っ張っていったルルーシュは息を整えようと深呼吸を繰り返し、ある程度落ち着いたのを見計らって声を張り上げた。



「どういうつもりだ!」

「何だ。」

「何だじゃない!どうしてお前はまたっ・・・そもそもその制服はどうした!」

「前の制服はお前に処分されてしまったからな。カレンのクローゼットから拝借した。」

「・・・カレンがいないことをいい事にお前はッ!」



カレンがいればきっと止めるか、追ってきて捕まえてくれるかはしてくれたはずだ。

しかし彼女は先日の戦闘でブリタニアに捕らえられ、『ゼロ』の助けを待つ身。

よってC.C.のストッパーは誰もいないのだ。


「とにかく帰れ!そんな格好で・・・誰かに見つかったらどうする!」

「嫌だ。私はお前に『ご褒美』を貰いにきたんだ。」

「・・・は?お前は俺に褒美をやらせるような偉業でもやり遂げたつもりか?」

「一人でここまでこれたではないか。偉いだろう?」

「子供かお前は!初めてのお使いじゃあるまいし!とにかくっ・・・ほぁあああ!!?」


芝生でよかった。

背中にそんな鈍い痛みを感じながら、咄嗟に目を瞑ってしまったルルーシュはゆっくりと目を開く。

馬乗りになったC.C.が不敵な笑みを浮かべていた。

ムッとしたルルーシュの唇に問答無用で近づいてきたC.C.を拒むように手で口を覆う。


「何のつもりだ。」

「ソレはこっちの台詞だ、馬鹿が!」


C.C.は暫く何か考える素振りを見せた。

何を考えているのか、ルルーシュの脳内ではあらゆるパターンが計算され、大方の予想を作り上げていく。


「じゃあこうしようではないか。」

「・・・なんだ。」

「これから私は大人しく帰るとしよう。その褒美でいいではないか。前払いだ。」

「はっ・・・ってお前!」



唇をガードしていたルルーシュの手は呆気無くC.C.によって絡め取られ、もう片方の手と共に頭上で組まれて拘束される。



「たかが『挨拶』ではないか。なぁ、ルルーシュ?」

「・・・ちゃんと帰れよ。」

「分かっているよ。」


満足そうなC.C.の顔が迫る。

噛み付くようにC.C.が唇を合わせてきて、ルルは目を細めた。

差し入れられた下が口内を弄ぶ。



「ん・・・ふっ・・・しーつ・・・!」



苦しげに呻くルルーシュを無視し、C.C.は長い長いご褒美タイムを楽しんだ。

まさかその場に第三者が乱入しようとは、ルルーシュは思ってもみなかったのだ。

ピロリロリン♪



「ルルちゃん!」

「かいっ・・・ちょ・・・ん・・・!」



C.C.は横目で乱入者をチラリと見る。

結局それを気に留める事無く、好きなだけ唇を貪ってから名残惜しそうに唇を離した。

いつものように「ゴチソウサマ。」とペロリと舌で唇を舐めて、C.C.は立ち上がる。

ルルーシュは蕩けかけた思考をフル回転させてこの場を逃げる方法を考えていた。

ミレイとシャーリー、リヴァル。

そしてよりにもよってジノとアーニャまで。

先ほどのピロリロリンという音はアーニャが携帯で写真を撮った音らしい。

非常にまずい。

ミレイは生徒会長という役職故に生徒の特徴などはある程度把握している。

名前を覚えていないとしても、外見の時点で学園の生徒かそうでないかは判別できてしまうだろう。

ジノとアーニャはそういう心配は無いのだが、何が問題といえばブリタニアの軍にいる人間だということだ。

C.C.は軍から追われる身。

ジノとアーニャがその件に関わっているかどうかは分からないが。

ああ、救いようが無い。

頭を悩ませたルルーシュに、ミレイは悲痛な叫び声を上げた。



「・・・ルルちゃんっ・・・私あなたをあんなふしだらな子に育てた覚えは無いわよ!」

「・・・は?」



拍子抜けで、思わず声が漏れた。

オーバーフローしかけていた脳が冷える。



「・・・会長に育てられてませんが。」

「ルルッ・・・ルルが・・・!」

「あ、シャーリーが倒れた。」


シャーリーは鼻血を流しながら倒れていた。

C.C.の口付けに翻弄されて瞳が潤み、頬が少し上気したルルーシュの『色気』に当てられたのだが、それを理解したのはルルーシュ以外の人間だけだ。

天然記念物モノのルルーシュにとっては理解の範疇外。


「ルルちゃん、この際そこの彼女がウチの学園の生徒じゃないって事は不問にしてあげる。だから質問に答えなさい。」

「な・・・なんですか?」

「その子は彼女なのね?」


余りにも真面目な表情で凄んでくるものだから、どんな質問がくるのかとルルーシュは身構えたのだが。

投げかけられた質問に思わずこてんと首を傾げた。



「違いますよ。誰がこんなピザ女・・・」

「えー?ルルーシュ先輩って彼女でもない女とそんなディープなキスするんだー。なんかイメージ違ったなー。」

「なっ・・・なんのイメージだそれは!」

「なんかもっとこう・・・初心で、奥手で・・・。」


ジノがつらつらとルルーシュに対するイメージをあげていくのを無視し、ミレイはどこから取り出したのか分からないハンカチを目元に押し当てた。

泣いているような仕草だが、なんともうそ臭い。

C.C.を押しのけて上半身を起こしたルルーシュは身体についた草や土を払う。


「たかが挨拶くらいで何をそんな・・・」


え?と、周囲がいっせいに声を上げた。

あまりにもきれいにはもったその声にルルーシュも瞠目する。


「ルルーシュ・・・あれって、挨拶?」

「会長、顔が崩れてます。そんなに驚くことですか。」

「え、だって・・・」


あんなにも深いキスが、ただの挨拶。

納得できるわけが無い。


「ルルちゃん、これは貴方の為な事だからよく聞いて?『そういう』キスは本当に好きな相手の為にとっておきなさい。いつか心から愛する人と・・・」

「え、キスってやっぱり好きな相手とするものなんですか?」









「「「「「な ん で す と ?」」」」」









ああ、その反応・・・なんかデジャヴ。

ルルーシュは苦笑しながらもアゴに指を添えていかにも「考えてます」という素振りをする。

その口からは「おかしいな・・・」という、呟きがもれていた。


「ルルーシュ先輩・・・キスを何だと・・・お考えであらせられるのでしょうか。」

「・・・ヴァインベルグ卿・・・言葉遣いがおかしいですが。」

「そんなこと、いい。ルルーシュにとって、キスって、なに?」

「え・・・挨拶ですが。」

「ってことは、さっきのキスも?」

「リヴァルまでなんなんだ。だからそうだと言っているだろう。」



・・・ああ。




「立候補したい奴は早めにしておけよ?ルルーシュは人気者だからな。」

「・・・C.C.、もうお前は何も言うな。」

「ルルちゃん!」


ミレイが叫んだ。

何事か、と顔をミレイがいたはずの方向にむける。

その瞬間、目の前に広がる金。

それがミレイの髪だと判断できたのはそれからしばらくしてからだ。

押しつけられた唇。

解放されてからルルーシュはきょとんと首を傾げた。


「会長?どうしたんですか?」

「え、挨拶なんでしょ?」

「ええ、まぁ・・・」

「次、私・・・。」


それからアーニャもルルーシュに口づけた。

ルルーシュは抵抗こそしなかったが不思議そうに顔を顰めていた。

どうして皆、順番に「挨拶」をしていくのか。

会長の企画か?とも考えたがそうでもないらしく。

何故か満足そうにほほ笑むC.C.を睨みつけてみた。


「おい・・・これはどういう事態だ?」

「私はお前が幸せそうで嬉しいよ、ルルーシュ。よかったな。」

「は・・・あ、ありがとう?」

「あのぉ〜・・・先輩?」

「なんですか、ヴァインベルグ卿。」


ジノは一人思いつめた様子で立ち尽くしていた。

顔を赤らめたかと思えば、逆に青ざめる。

それを繰り返しているジノは傍からみれば挙動不審としか言いようがない。

ルルーシュはどうするか・・・と考えたあと立ち上がってジノの肩に手を置いてみる。


「あの・・・」

「ルルーシュ先輩!」

「ほぁああ!?」


ガバッと体格のいいジノに抱きつかれ、バランスを崩したルルーシュであったが、それはジノによって支えられたため転倒だけは避けることができた。

しかし堪え切らない間抜けな声は周囲に木霊する。

何たる醜態。

ルルーシュが今度は睨むようにジノを見た。


「貴様ッ・・・」

「先輩・・・いや、ルルーシュ!!」

「なん・・・でしょうか。」

「私も・・・その、『挨拶』させてください!!!」

「・・・は?」


ルルーシュはあんぐりと口をあけた。


「なにを言うかと思えば・・・」

「だって!皆ズルい!皆女の子だからルルーシュとキスしても不思議じゃないけど俺は男で・・・」

「すればいいじゃないか。」

「・・・はぁ!?いいの!!?」



ルルーシュは何をいまさら、という風に首を傾げた。

ただの『挨拶』に男も女も同性も異性もあるものか。

ジノの苦悩はルルーシュにとって何の事もなく、ジノは拍子抜けだ。


「スザクだよ。」

「へ?」


何故このタイミングでスザク?



「日本式の挨拶はキスが定番だって。アイツが俺に言ったんだ。」



・・・それどこの国の習慣ですか。



騙されてます、とは誰も言えない。

言いたいけれど。




・・・ルルーシュが哀れすぎて。





「挨拶なんだろう?すればいいじゃないか。」


そう言ってルルーシュは少し背伸びをした。

それでも届くか届かないか。

ルルーシュとジノの身長はそれ程の差があって、それでもルルーシュはジノの顔を手で引き寄せて口づけた。

ジノの目が見開かれる。

歓喜の色に、染まった。




「いかぁぁぁぁん!!!!」




ミレイが叫ぶ。



「ルルーシュ、それは騙されてる!」





言ったあああぁぁぁぁ!!!!





ルルーシュから贈られたキスで放心状態のジノ以外が全員叫んだ。

心の中で。

恐ろしくて口には出せない。


「ルルちゃん、スザクくんは狼なの。いいえ・・・男は皆狼・・・野獣なのよ!」

「かいちょっ・・・すりゃねぇっすよ!」

「お黙りリヴァル!いい?ルルちゃん。そういうキスはちゃんと好きな相手にするものよ!」

「え・・・だってスザクが・・・」

「スザクくんは狼!・・・ええい、もう挨拶でいいわ!でもその代り・・・」



にんまりと笑ったミレイはジノからルルーシュを引きはがし、その耳元で優しく。



そして妖しく囁く。







「その挨拶は私たちだけにしなさい。」






その唇は誰のもの?あーるつー!














なんだこのオチww
既存小説「その唇は誰のもの?」の続編のような形でリクエストをいただきました。
元々自分が書いたものが基だったのでネタは固めやすかったのですが、続編を書くつもりがなかったのでなかなか纏まらず…
無駄に長くて申し訳ないです。
・・・そういえば、ロロを出すのをすっかり忘れてましたw
リクエストありがとうございました!