「ゼロ、入ってかも構わないだろうか。」




黒の騎士団総司令である黎星刻は、統合幕僚官である藤堂と共にゼロの私室の前に立っていた。

星刻がドアをノックして声をかける。

しかしゼロの返答はなく、二人は首を傾げた。

不在なのだろうか。

試しにドアに手を掛けてみた。

鍵がかかかっているとばかり思っていたそのドアは、予想外にも呆気無くあいてしまった。


「なんだ、お前たち。」


ドアの向こうから顔を覗かせたのは彼の愛人と噂されるC.C.だ。

ゼロも、そして彼女もその噂を否定しているから、噂に変わりないのだろうが。

ゼロの私室にいつも篭りきりということを考えると、噂がたっても仕方の無いことなのかもしれない。


「C.C.、ゼロはいるだろうか。」

「ゼロ?ああ・・・いるぞ。中に入ればいい。」

「いいのか?」

「ああ。私は新しいピザを取りに行く。」


二人の間をすり抜けるようにC.C.は部屋から出て行ってしまった。

星刻と藤堂は互いに顔を見合わせ、結局中に入ってみることにした。

室内は静まり返っていて、ゼロの姿は無い。

いないではないか、と思ったときに耳に届いたのは水の音。


「ゼロは・・・シャワーを浴びているのか。」


藤堂は呟いて、それに星刻も頷く。


結局ソファーに腰掛けて、ゼロが出てくるのを待つことにした。








水音に、別の音が混じったのはそれから数分後のことだった。

バタン、とドアが開く音がする。

顔を覗かせたのは仮面の男ではなく。

一人の、年若い青年。


「ゼ・・・ロ・・・?」

「君が・・・ゼロか。」


呆然と呟いた二人。

同じようにゼロ・・・ルルーシュも口をあんぐりと開いて固まった。

ルルーシュは今まさにシャワーを浴び終えましたという出で立ちだった。

黒の細身のパンツにハイネックのインナー。

手にはバスタオルを持っており、濡れて艶を増した黒髪からは雫が滴り落ちている。

白い頬は少し赤みがさし、透き通るような紫と燃えるような紅のオッドアイが驚きから限界まで見開かれていた。



『美しい』



そんな言葉が二人の頭の中に浮かび上がる。

見たところ男だとは理解できるものの、女といわれても違和感を感じない。

筋肉の無さそうな、本当の意味で無駄の無い細い体躯。

特に細い腰のラインがなんとも艶めかしい。

星刻と藤堂は呆然と目の前の人物に見入ってしまっていた。

同じように動揺して固まっていたルルーシュはやがて現実に戻ってきたかのように素早く左目を片手で覆って、踵を返してシャワールームの方向に走り出した。

それからまもなく。





『ほわぁあああ!!?』


ゴンッ!


バシャッ!






悲鳴とも取れる素っ頓狂な声。

何か硬いものがぶつかった音。

水飛沫の音。

嫌な予感が脳裏を過ぎって、星刻と藤堂は同時に駆け出した。

湯気に満たされたシャワールーム。

流石CEOの私室に備え付けられたものとあって、そこにはシャワーだけではなく大き目のバスタブまで設置されていた。

バスタブに並々と張られた湯。

その湯の中に『ゼロ』は服を着たまま、上半身だけを沈めていたのだ。

恐らく彼の呼吸に伴って浮かび上がってきていたブクブクという気泡が次第にその量を減らしていく。

藤堂が慌ててその身体を抱えあげてタイルの上に横たわらせた。

『ゼロ』の整った顔に不釣合いな赤いコブが額で存在を誇張している。


「成程・・・タイルで足を滑らせ、バスタブの淵に額をぶつけ、脳震盪を起こしてそのまま湯船の中に沈んでいった・・・というわけだな。」

「冷静に分析している場合ではないぞ、星刻。彼は息をしていない。」


藤堂も十分すぎるほど冷静に分析し、さて・・・と唸った。


「やはりここは人工呼吸ではないか?」

「致し方ない、ではこの私が人工呼吸を・・・」

「待て星刻、その任・・・私が引き受けよう。」

「・・・何?」


藤堂が真面目な顔でそう告げ、その言葉で星刻は真面目だった顔を不満そうに歪めた。

誰でもいいから早くしてやれ・・・と言ってくれる人物は生憎と部屋にはいない。


「奇跡の藤堂ともあろう者がこのような緊急事態に何を。」

「そちらこそ。君には天子様がいらっしゃるだろう。」

「天子様は私が生涯仕え護りぬくと決めた方。それ以上もそれ以下もない。尚且つこれはただの『人命救助』だ。」

「なればこそ、だ。このような事で君の手を煩わせるわけにはいかない。」


星刻と藤堂。

両者の視線がぶつかり合う。

最早生死の境を彷徨っている『ゼロ』の存在などそっちのけだ。

横たわっている『ゼロ』が小さく身じろいで、咳き込みながら水を吐き出しているのにすら気づく様子はない。


「藤堂、私は君に気を使っているのだ。ゼロは見たところ10代後半から20代前半。君が手を出せばまるで犯罪だ。」

「そもそも貴様はロリコンだろうが!第一貴様は下心が見え見えだ!いやらしい目で我らがゼロを見ないでくれ!」

「下心・・・?もしそれが私にあるとして、それは貴様に言えたことか?」

『犯罪』と『ロリコン』を互いに否定はしなかった二人は、一呼吸置くように息を吐く。

やがて何かを思いついたかのように「・・・よし!」と声を上げたのは星刻だった。


「それではゼロに選んでもらおう。どちらに人工呼吸をしてもらいたいか。」

「いいだろう。その意見に賛成だ。」


ゼロが気を失っている、という事は既に二人の頭の中には無い。

人工呼吸をしてもらう相手を選んでもらう。

当然それは意識がある人間にしか出来ないことだ。

意識があるならば人工呼吸など必要ない。

しかし今や超合衆国という一つの『国』を支える組織の、最高幹部二人が。

二人揃ってその事に失念しているのだ。

何度も言うようだが、指摘してくれる人間は傍には誰もいない。

真剣な表情で。

二人は叫ぶ。




「「さぁ!どっちだ、ゼロ!!!」」




「・・・ゲホッ・・・馬鹿がッ!!!!!」




バスルームに、涙目のルルーシュの怒声が木霊した。








湯煙と仮面









くだらなくてごめんなさい(笑)
あまりにも本編の騎士皇帝が衝撃的すぎて考えてたネタが全て吹っ飛んでしまいました。
こんなものでよければ貰ってやってください〜。
リクエストありがとうございました!